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NL34巻1号 [2023.02]

2022年度「国際開発学会賞」選考結果と受賞のことば

牛久晴香会員、阿部和美会員および佐藤峰・佐柳信男・柳原透会員(共著)の3著書に2022年度学会賞を授与

2022年度「国際開発学会賞」選考結果

第33回全国大会(明治大学:2022年12月3・4日)において、牛久晴香会員の著書『かごバッグの村―ガーナの地場産業と世界とのつながり』(昭和堂 2020)に学会賞を、阿部和美会員の著書『混迷するインドネシア・パプア分離独立運動 ―「平和の地」を求める戦いの行方』(明石書店 2022)に奨励賞を、佐藤峰・佐柳信男・柳原透会員の共著書”Empowerment through Agency Enhancement: An Interdisciplinary Exploration” (Palgrave Macmillan 2022)に賞選考委員会特別賞を授与しました。

今年度も本事業にたくさんの応募がありました。その中で惜しくも受賞に至らなかったものの最終選考に残った作品としては、藍澤淑雄の著書『アフリカの零細鉱業をめぐる社会構造―貧困解消に向けたタンザニアの零細鉱業支援のあり方』(日本評論社 2021)、木山幸輔会員の著書『人権の哲学:基底的価値の探究と現代世界』(東京大学出版会 2022)の2つがありました。

応募くださった皆様、誠にありがとうございます。選考委員一同、応募作から多くのことを学ばせていただきました。学会賞の趣旨は、会員の研究を励ますことにあります。

会員の皆様には、ご自身の研究を、さらに磨き高めていくための機会として、ご活用いただけましたら幸いです。2023年度にも多くの皆様からのご応募をお待ちしております。

賞選考委員会
委員長:三重野文晴(京都大学)


選評


学会賞 牛久晴香

『かごバッグの村―ガーナの地場産業と世界とのつながり』昭和堂

本作品は、ガーナの「かごバック」=ボルガ・バスケット産業という国際開発の「成功事例」について、長期フィールドワークを通して歴史、技術、流通や文化に関する詳細なデータを入手し、グローバル化した手工芸産業の実態を丁寧に解き明かすものである。

その生産と流通の構造を、地元の経済社会と国際市場との関係で詳細に調査し、その商品としての出現過程についても可能な限りの検証と考察を行って、さらにその構造の中にミドルマンの役割の評価など多面的な要素を見いだしている。

包括的なこの研究によって導き出される発見は多岐にわたる。この国際的商品としての誕生には外部者である政府・国際機関の開発政策や企業の宣伝が関わってきたこと、原料育成地の減少と輸出の急増への対応の過程の課題が生産者側の「生活の論理」の中に読み替えられて、生産体制が維持・改善されてきたこと、つまり国際市場に取り込まれる中でも、生産者の現地社会における価値観が自律的に維持されてきたこと、そして、在村の仲買人(ミドルマン)が、本来相容れない2つの価値観の間を多様な方法で仲介していること、などである。

国際開発の潮流を強く意識した堅固な課題設定のもとで、ボルガ・バスケットの生産と流通を多角的かつ詳細に調査・分析し、その結果として、在来産業の商品が国際商品化する過程で在来社会が主体性を失う方向に変質していくというステレオタイプとは異なる実態とそのメカニズムを、独創的な手法によって見事に描き出している。

数々の発見は、国際開発研究における生業創出援助やフェア・トレード、あるいはより広く企業、流通、貿易に関わる論点に、一石を投じる内容となっている。

本作品は、地域研究分野の博士論文研究の成果出版であり、大学院における語学習得や長期にわたる参与観察の過程をふまえて結実した、実にダイナミックな研究である。

ボルガ・バスケットの材料調達や編み方の実践にまで体験的に参加するフィールドワーカーとしての姿勢と、一方でフィールド調査の事実発見のみに引きずられることなく、複数の分野の研究成果の知見を縦横に活用して普遍的な論点を展開していく力量が、巧みな文章とあいまって、完成度の高い研究書を生み出している。学会賞(本賞)に相応しい作品であると選考委員の意見が一致した。(三重野 文晴)


奨励賞 阿部和美

『混迷するインドネシア・パプア分離独立運動 ―「平和の地」を求める戦いの行方』明石書店

本作品は、インドネシアのパプア社会に重点を置いて、パプア分離独立運動の考察を行ったものである。

基本的な問いを、なぜ、スハルト政権が崩壊して民主化が定着した今日においてパプア分離運動が依然として続いているのかという点におき、それをパプアの社会的・歴史的背景環境と、民主化以降の分離独立運動を牽引する主体および彼らの要求を吟味することで、考察している。

ここでは、パプア分離独立運動をインドネシア政府対パプア分離独立運動という二元的な構図のみで描くのではなく、分離独立運動や政府の開発事業がパプアの社会構造にもたらした変化を分析し、さらにそうした変化が分離独立運動にもたらしたインパクトが明らかにされる。

すなわち、特別自治法によるパプア人の政治参加が結果としてエスニック・グループ間の対立を激化させたこと、インドネシア政府による開発事業によって伝統的なアダット組織が弱体化したこと、こうした変化により分離独立運動が穏健派と急進派に分裂しインドネシア政府との交渉が停滞していることなどであり、こうした事実が丁寧なフィールド調査をもとに描かれている。

このような多角的な検討を通じて、パプア紛争の発端が国民統合過程においてパプア人の意思が反映されてこなかった民族自決の問題であり、これは例えばインドネシアへの国民統合そのものへの抵抗であったアチェ紛争と性格が異なることが指摘される。

そして民族自決とインドネシア政府の意思決定への参画を欠いていたゆえに、インドネシアに併合以降もパプアの人々の基本的ニーズが充足されてこなかったとの解釈を導いている。

民主化期に地域社会の中に蔓延する腐敗の構造についても目配せするなど、インドネシア政府対パプア分離独立運動の構図にとどまらない複雑な状況もよく考察され、問題の解決の困難さを描き出している。

本作品には、惜しいことに取り上げる情報・文献に二次資料が多く分離独立派側のものに偏りがあるという意見、またパプア人の人権尊重、国際社会の関心の喚起という結論はやや一般的にすぎるという意見もあった。

そのような課題が残るにせよ、国際開発研究として従来見逃されてきた貴重なテーマを取り上げ、学界にまとまりのよい知見を提供している点で貢献が大きいことには間違いない。若手研究者の今後の一層の活躍への期待もこめて、奨励賞に選出することとなった。(三重野 文晴)


(講評)賞選考委員会特別賞:佐藤峰、佐柳信男、柳原透

Empowerment through Agency Enhancement: An Interdisciplinary Exploration, Palgrave Macmillan

本作品は、人類学、心理学、経済学の観点から、「人はどのようにイニシアティブをとるのか」という問いを掲げ、事例研究を織り交ぜながら理論的、実証的に論じるという、斬新な試みを行っている。

「エージェンシー」をキー概念として、その定義やそれが発現するメカニズム、そして実態が可視化されて人や社会のポジティブな変化につながる「エンパワーメント」の現象を、3つの学問分野からどのように説明できるかを、比較対比させながら分析している。

開発研究は学際的な学問領域であると言われながら、学際的研究において理論から実証研究まで異なる学問領域の研究者が論点を共有し、結論まで導き出すこのような試みは、その困難さから忌避されがちであるように思われる。

その意味で、開発研究の学際性に正面から挑戦し、分野間にある共通点や補完性を見出し、開発の働きかけによる人や社会の変化の可視化に挑み、開発研究の今後の視点を見出すことに一定程度成功した本作品の意義は大きい。

また、各分野に関わる取り組みに、日本の生活記録運動(Life Record Movement)、チリのSolidario Programなど開発援助の実践手法を取り上げて、それらの理論的根拠を析出することに繋がっていることも重要な貢献である。

本作品は、そのテーマの特徴から、各章はそれぞれの分野や個別の実践のレビュー論文としての性格が強いもので、特定テーマを深掘りした研究書とは構成・性格が異なる。

そして、残る課題として、それぞれの理論の改善や相互の補完性の可能性の指摘にはたどり着いたものの、分野横断的な批判的検討や理論構築には至っていないのではないか、という点も指摘された。

このようなユニークさや限界があるとはいえ、日本を含む開発過程と援助経験の含意を世界に発信しながら、学際性が求められる開発研究者の立ち位置のありかたに正面から挑戦したこの本の趣旨は、学界に大きな示唆をもつ。この点を踏まえて、本作品は賞選考委員会特別賞に相応しいものと評価された。(三重野 文晴)


受賞のことば

学会賞・牛久晴香会員

『かごバッグの村―ガーナの地場産業と世界とのつながり』
(昭和堂 2020)

このたびは国際開発学会学会賞という栄誉ある賞をいただき、誠にありがとうございます。わたしはガーナ北部のボルガタンガ地方というところで10年強研究を続けてきました。とくにこの地域の地場産品で、今やアフリカを代表するかごバッグである「ボルガバスケット」という輸出向けの手工芸品に着目してこの本をまとめました。

この本で立てた問いはいくつかあるのですが、国際開発とも関係の深い問いとしては、「ボルガバスケットの産地で開発援助機関や外国企業の試みが『なかったこと』にされずにうまく取り込まれてきたのはどうしてか」があります。これは会員の小國和子先生がご著書『村落開発支援は誰のためか』で言及された、外部からの働きかけの「無効化」にヒントを得た問いです。

アフリカ農村では数多くの産業創出プロジェクトや一村一品運動が実施されてきましたが、その多くはプロジェクト終了とともに立ち消えてしまう、あるいは「なかったこと」にされてしまうことは、みなさまがご存じのとおりです。

それではなぜ、ボルガバスケットでは無効化されずにうまく取り込まれてきたのか。本書ではその理由を、ボルガタンガの人たちが新たに持ち込まれる技術や取引のしくみを村の生活の論理やものづくりの論理に適合的なかたちに改変してきたから、としました。この過程でとくに重要な役割を果たしてきたのは、ミドルマン(仲介者)たる在村の仲買商人なのですが、彼らの言う「僕らのやり方」がこの産業の発展に不可欠であったと結論づけました。

この本には開発実務に役立つモデルや普遍性のある理論は書かれていません。しかし、「アフリカ農村のやり方」を研究するためのいくつかのヒントを、そして「アフリカ農村のやり方にもとづく産業発展」の一例を、本書が示すことができていれば幸いです。

まだまだ未熟者ですが、さらに研究を発展させるべく、そしてこれから国際開発研究の発展にも貢献すべく精進いたしますので、今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。このたびは誠にありがとうございます。


奨励賞・阿部和美会員

『混迷するインドネシア・パプア分離独立運動 ―「平和の地」を求める戦いの行方』
(明石書店 2022)

この度は、国際開発学会奨励賞を頂戴し、大変光栄に存じます。これまでご指導・ご尽力いただきました先生方ならびに関係者の皆様に、心より感謝申し上げます。

パプアを初めて訪れたのは、2010年12月です。パプアのことをほとんど知らないまま訪問しましたが、特別自治法の内容が適切に履行されていない、パプア人が警察や軍に不当逮捕や殺害されているなど、深刻な問題を次々と目の当たりにして、研究対象にしようと決意しました。

『混迷するインドネシア・パプア分離独立運動―「平和の地」を求める闘いの行方』では、パプア分離独立運動の背景と社会変容を考察しながら、政府との対立が解決しない要因は安全保障、開発、アイデンティティへのニーズの不充足が依然として是正されていない実態にあると特定しました。

近年、パプアでも開発が進み、利便性が大きく向上しましたが、外国人ジャーナリストの渡航が制限されるなど、パプアに関する情報は依然として厳しく規制されています。フィールド調査にも困難があり、治安上の問題から、分離独立運動が活発な内陸の山岳部ではほとんど調査ができません。入手できる資料も限られています。

パプア分離独立運動も、大きく変化しつつあります。分離独立運動を牽引してきた第一世代の多くが死去し、著名な活動家がいません。パプアでは開発が進み生活が便利になる一方で、開発を進める企業と住民の間で土地問題が発生しています。内陸部では、武装集団と国軍の戦闘が激化して国内避難民が発生しています。

研究にはまだまだ不十分な点や取り組むべき課題が多々ありますが、このようなパプアの現状を一人でも多くの読者の方々に知っていただきたいと思い、本書の出版に至りました。 今回の受賞を励みとして、パプアや類似する事例の問題解決に少しでも貢献できるよう、精進して参ります。このたびはありがとうございました。


特別賞・佐藤峰会員・佐柳信男会員・柳原透会員(共著)

”Empowerment through Agency Enhancement: An Interdisciplinary Exploration”
(Palgrave Macmillan 2022)

この度は Empowerment through Agency Enhancement に対して国際開発学会特別賞をいただき感謝を申し上げます。賞状に「将来性に対して」とありましたので、まだまだ途上である学際研究のポテンシャルに対して賞を頂戴したと理解しております。

本書は、国際協力などの社会サービスにおける当事者のオーナーシップやイニシアティブがどのようにしたら発揮されるのか(どのようにエンパワメントが起こるのか)、どのように支援できるかについて、エージェンシーを鍵概念として、人類学(佐藤峰)、心理学(佐柳信男)、経済学(柳原透)、の間での学際研究を行った成果です。

三部構成になっており、エージェンシーの定義について、エージェンシーが発揮されるメカニズムについて、その可視化と測定について、それぞれの専門領域からの議論を展開しました。社会開発や社会福祉に関わる実践者の多くは、当事者が自ら意思決定し動いていけるようさまざまに努力をしてきましたが、得られた知見の多くは経験知に止まっています。それらを理論と結びつけ、実学としての開発学のひとつのかたちを示したい、という思いもありました。

構想の発端は、柳原が代表であった「生活改善」に関する研究部会に佐藤が2007年に参加し後に共同代表を務める中で、生活改善にとどまらない「主体性」に関わる研究への関心が強まったことでした。その具体化として、JICA研究所の研究プロジェクトとして「主体性醸成のプロセスと要因にかかる学際的研究:中南米事例を中心に」(2012-2015)を立ち上げました。人の心の動きを扱う研究として心理学の視点・知見の必要が認識され、佐柳会員の参画を得ることとなりました。

その後、国際開発学会やHDCA(Human Development and Capability Approach)など国内外での学会で企画セッションを持ち、反応から手応えを得て成果を書籍として世に問うことを考えました。2018年にPalgrave Macmillanの編集者にお会いする機会があり、プロポーザルをお送りしたところ採用となり、三人で研究会をしながら書き進め刊行に至りました。

学際研究は、同一分野の研究者による共同研究とは違い、各分野での発想や暗黙の前提を相互に分からなければなりません。相互理解と相互啓発の過程では、しばしば行きつ戻りつが起きます。そのこともあり、本書でも、同一のテーマや事例につき各分野からの議論を収斂させ統合するところまでは、未だ至っていません。「特別賞」を学際研究への「特別奨励賞」として受けとめ、学際研究のひとつのあり方を打ち出せるよう、今後も努める所存です。大きな励ましをいただいたことに、あらためてお礼を申し上げます。

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