『国際開発学事典』

この度、国際開発学会創立30周年記念事業(丸善出版開業150周年記念事業を兼ねています)の一環として『国際開発学事典』を刊行することができました。

この事典は、現在の国際開発研究の到達点を示すとともに、今後国際開発研究を学習し、推進し、牽引していく若い皆さんの役に立つために編集したものです。

国際開発研究も最近では、カバーする分野が多様化するとともに、それぞれの分野でかなり深い議論が行われることが多くなりました。

ご自分の研究テーマに関わる諸分野での議論を知るために、学生さんに追究したい研究の糸口をつかんでもらうために、是非机上において、あるいは図書館に配架してご利用いただければ幸いです。


  • 国際開発学会(編集)
  • 発行:丸善出版
  • A5判・640ページ
  • 定価:20,000円+税
  • ISBN:9784621303405

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刊行にあたって

グローバル化のもと、国境を超えた人々の接触と交流が増え、国際的な理念の共有の努力が進む一方、異文化間の軋轢や対立も深まり、一国家の単位では対処しきれない数々の困難な問題が顕在化しつつある。そこで不可欠なことのひとつは、開発途上国をはじめとする異なる社会の開発状況の知的理解を広げ、深めることであろう。

国際開発の理念と実践は、近代西欧の思想家たちが発展ないし開発の概念を形成してから今日まで、多くの有為転変を遂げてきた。とりわけ第2次世界大戦後の開発途上国の政治的独立と主権国家体制の世界への広がりを受け、いわゆる南北問題が顕在化すると、「南」の開発途上国における社会変動や開発に向けた営為とともに「北」から「南」への政府開発援助が、国際開発の主軸の一つとなっていった。

今日ではグローバル化が進む中、国際開発に関わる領域は広く、経済・産業から、社会関係、あるいは人々の健康・知識や、日々の生活実践、文化にまで多岐にわたり、国際開発支援に関わる主体も、先進国の政府関係機関ばかりでなく、営利企業はもちろん、自治体、教育研究機関、NGO・民間財団、草の根組織、インフォーマルな事業体など多様になっている。

また、かつて先進国から開発途上国へと一方的に供与されるだけだった開発援助ないし開発協力も、近年では開発途上国の中から立ち現れた新興国によって供与されるようになった。さらには、経済停滞、少子高齢化、国内格差の拡大などの問題の深刻化によって、先進国社会も再び自らの開発課題に真剣に向き合わなければならなくなっている。国際開発はさらに多元化の様相を呈しているのである。

将来世代を含めた個々の人々を開発の中心に据えるべく理念構築の営みも積み重ねられてきた。2015年には、人間貧困の削減を掲げる「ミレニアム開発目標(MDGs)」を受け継ぎ、包括的な「持続可能な開発目標(SDGs)」が各国首脳によって合意された。そこでは、持続可能性に加え、包摂性、強靭性を根本的な理念とする開発のあり方が、先進国・途上国の別なく世界のすべての人々が享受すべきものとして共有されることになった。批判は多くあるものの、SDGsは多面化してきた国際開発をめぐる議論と実践の一つの集大成と言ってよいだろう。

国際開発研究は、今日まで、こうした国際開発と開発途上国、さらには先進国・新興国の絶えざる変動に向き合い、従来の日本の学界にない新しい研究の地平を切り開いてきた。そして、国際開発研究が対象とするテーマや知的領域も大きく広がり、自然科学から人文科学、社会科学に至る極めて多くの専門分野によって扱われるものとなっている。

本事典は、この複雑化・多様化した国際開発研究の成果を日本の社会内外に広く届け、国際開発研究という大海原に初学者が漕ぎ出すための海図の役割を果たすことを目指している。また専門を異にする研究者や実務家が互いを理解し合い、国際開発研究にふさわしい学際的な交流を進め、新しい発想を生み出すための、よすがになることも企図している。そのために19の章を設け、多くの事項をカバーしつつも、関心の高い重要なテーマ一つ一つについて丁寧な説明を行うべく1項目2ページで読み切る中項目主義事典のスタイルとした。

この事典の各項目の執筆にあたっては、国際開発学会内外の専門家の熱心な参加を得た。数多い各項目の執筆者が、皆さん快諾下さり、さらに喜ばしいことに非常に短期間に全ての原稿が集まった。各章の編集委員、各執筆者の意欲と努力の賜物であり、この場を借りて心より御礼を申し上げる。

また、丸善出版の小林秀一郎、松平彩子、南葉真理の皆さんには、言葉で言い表せないほど、数々のお世話になった。御三人をはじめ丸善出版の皆さんの膨大で煩雑な編集作業の支えがなければ、この事典は決して世に出ることはなかったであろう。

国際開発学会は、2020年に創立30周年を迎える。創立から今日までの間に、本学会では多くの議論や活動が重ねられてきた。それは、開発と途上国、そして世界をめぐる様々な変動に即応し、あるいは対峙しつつ、自ら研究の新しい地平を切り開いてきた歴史であったと言ってよいだろう。その記念事業として学会の総力を結集し、この事典を刊行できたことを喜ばしく思うとともに、本事典が国際開発に関する読者の広く、また確かな理解につながり、「大海の海図」の役割を担うことを心から願っている。

2018年9月 『国際開発学事典』編集委員長 第9期国際開発学会会長・高橋基樹


*編集委員長から執筆者へのお礼紹介(以下、出版元ウェブページより)

火種にならない国際支援、人的支援を含む効率的な援助とは何か。現地とどのように合意形成を行うか。諸分野にまたがる国際開発学を写真や図を交えながらそれぞれの専門家が1項目2pで解説。経済・政治・社会学・人類学、さらには教育学・経営学・農学・工学などにもまたがる国際開発学の全貌を概観できる。「読み物として、背景や事例を論じつつ説明してくれる」事典。


目次

序章.歴史と理念

開発理念の変遷/植民地化と西洋化/国際開発概念の誕生と展開/民族主義の勃興と南北問題/戦後世界経済の展開と国際開発/オルタナティブ開発論/新自由主義と国際開発/人間開発と人間の安全保障/国際秩序の変動と地球規模の問題/「持続可能な開発」論の歴史的系譜

1.文化

文化/文化相対主義/宗教と開発/感情と開発/文化特異性障害/言説としての開発/身体性と開発/ナショナリズムと芸術/マイノリティとサブカルチャー/多様性と創造性/開発のプロセス――プロセス・ドキュメンテーション/開発と人類学

2.社会変動

開発と社会変動/介入行為としての近代化/人口転換と人口増加/少子高齢化と人口ボーナス・オーナス/人の移動と難民/社会発展と観光/社会階層と開発主義/家族関係の変容/グローバル化と都市化/国家のリスケーリング論/生活と居住/飽食化する食生活/情報通信技術とデジタル革命/コンビニエンスストアの普及・現地化/ジャパナイゼーション/社会規範の変化

3.コミュニティ

コミュニティと開発/文化的慣習とコミュニティ開発/宗教、コミュニティと開発/相互扶助ネットワークとその創造/社会関係資本/モラル・エコノミー/社会的な排除とマイノリティ/参加型開発とエンパワーメント/マイクロファイナンスと地域コミュニティ/NGOとコミュニティ/地方分権化と地域コミュニティ/開発と移民・ディアスポラ

4.農業・農民・農村

農業・農村・農民/農村における生業の変容/農業を担う主体の多様性/農業と自然/農民と土地/農村の生活/農民の生存戦略と農村/生態的農業と市場/農民と食料/灌漑農業の歴史と発展/農業と技術革新/種子から考える農業の持続性/食と農の距離

5.保健医療

保健医療/プライマリ・ヘルス・ケアとユニバーサル・ヘルス・カバレッジ/保健医療情報システム/グローバル・ヘルス・ガバナンス/リプロダクティブ・ヘルス・ライツ/母子保健/予防接種/感染症対策/エイズ・マラリア・結核/非感染性疾患/栄養/必須医薬品/自然災害

6.教育

開発と教育/学校と社会・コミュニティ/教育・人材開発と経済発展/教育における人権アプローチ/教育の質/教育格差と公正/インクルーシブ教育/教育と国民・市民の形成/紛争・災害と教育/宗教と教育/教育開発と情報通信技術/低学費私立学校/開発とスポーツ/教員養成・教員訓練/数学教育・科学教育/技術教育・職業訓練/乳幼児のケアと教育/高等教育/ノンフォーマル教育/教育開発と国際協力/教育開発の国際新枠組み

7.国家・法

国家体制と法制度/開発途上国における国家体制/汚職と腐敗/開発国家と開発独裁/国際秩序と開発途上国/開発途上国の国家と社会の関係/開発途上国の民主化/グッド・ガバナンスと国際協力/持続可能な開発に向けての国家の課題/国家法と非公式法/法と開発/開発途上国の公法/開発途上国の私法/移行諸国への法の移植/破綻国家の出現

8.平和

現代における紛争と平和構築/国際社会による平和の取組み/平和構築と法の支配/戦闘員の武装解除・動員解除・社会復帰/難民と国内避難民/紛争と人間の安全保障/土地・天然資源と平和構築/紛争とジェンダー/移行期正義と和解/国際武器取引と核不拡散/テロリズム/開発援助機関による平和構築の取組み/ビジネスを通じての平和構築

9.貧困と不平等

貧困と不平等/貧しい人々の自立/グローバル化と格差・貧困/貧困の指標と測定/所得の不平等/相対的剥奪/貧困者による貧困調査/食の貧困/居住の貧困/貧困削減と再配分政策/貧困削減政策の評価/サハラ以南アフリカの貧困/南アジアの貧困/日本の貧困地域

10.包摂性

包摂的な開発/人権と開発/人道と開発/ジェンダー/民族/少数者/子ども/若者/障害をもつ人たち/労働/住民移転/女性に対する暴力/人身取引/保護する責任

11. 貿易と資本・労働移動

グローバル経済下の貿易と生産要素移動/データで見る世界の貿易と直接投資/国際分業理論と開発/開発のための貿易政策/直接投資の役割/技術移転と知的財産権/グローバル・サプライ・チェーンと国際分業/世界規模の貿易自由化と途上国/地域自由貿易圏の形成/フェアトレード/国際労働移動/一次産品

12.成長・マクロ経済

経済発展とマクロ経済/経済成長論/経済成長と技術進歩/産業構造変化/産業連関/経済危機/開発と財政/開発金融政策/産業政策/インフラストラクチャー建設/持続可能な成長/貧困削減を伴う経済成長/債務削減/金融発展

13.産業・金融・ビジネス

産業・金融・ビジネス/キャッチアップ型工業化/技術の変遷と産業の発展/産業集積と地域経済振興/開発途上国における中小企業振興/産業発展のための人材育成/企業発展と金融/産業発展のための金融と開発銀行/貧困層と金融/貧困層とビジネス/コミュニティ・ビジネス/一村一品運動

14.インフラ・技術・強靭性

インフラ整備と経済成長/インフラ整備とマネジメント/道路整備事業/港湾整備事業/鉄道整備事業/空港整備事業/電力・エネルギー事業/情報通信事業/上下水道事業/河川事業/インフラ整備と環境配慮/住民参加による道路整備 /自然災害と防災/緊急支援・復興支援

15. 環境・資源・エネルギー

資源と環境/開発援助のセーフガード・ポリシー/環境ODA/エコロジー的近代化/大気汚染/都市のスラムと汚染/日本の公害経験の普遍性/資源の呪い/紛争資源/廃棄物管理/電力/生物多様性と遺伝資源/環境正義/グローバルな水問題/貿易と環境/気候変動

16.国際開発協力の理念とアプローチ

「開発協力」とは何か/援助理念/国際開発規範/開発協力潮流の変化/ビッグ・プッシュ・アプローチ/南南協力/構造調整アプローチ/持続可能な開発と環境援助/民主化支援/参加型開発協力/貧困削減戦略/援助協調/インクルーシブな開発協力/自助努力支援

17.国際開発協力のアクター

国際開発協力のアクター/先進国援助コミュニティの形成とその多様性/日本の政府開発援助の担い手/日本の援助の変遷/日本の援助の特徴/NGO・CSOと国際開発協力/民間企業と国際開発協力/開発コンサルタント/新興国による援助/受入れ主体の役割/国際連合の開発協力/国際開発金融機関

18.国際開発の未来

国際開発の未来――人間の顔をしたグローバル化のために/ポストSDGs/援助国と被援助国・国際援助システムの変容/国連の役割/企業は政府にとって代わるか/NGOは政府にとって代わるか/平和・安全保障と開発/開発概念の豊穣/貧困計測の展開/保健開発の未来/教育開発の未来/資源・環境の未来/エネルギーの未来/グローバルな格差の行方/人口問題の未来

/グローバル時代の人の移動と開発/都市化の未来/民主主義は生き残れるか/技術と開発の未来/社会関係の未来/オルタ・グローバル化は新自由主義グローバル化の代案となるか