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NL36巻1号 [2025.02]

2024年度「国際開発学会賞」選考結果と受賞者のことば

学会賞

第35回全国大会(法政大学:2024年11月9・10日)において、以下の方々に賞を授与しました。

学会賞:Takao Maruyama会員、Kengo Igei会員
共著論文 Community-Wide Support for Primary Students to Improve Foundational Literacy and Numeracy: Empirical Evidence from Madagascar, Economic Development and Cultural Change (2024)

奨励賞:Kanako N. Kusanagi会員
著書 Lesson Study as Pedagogic Transfer: A Sociological Analysis, Springer Nature (2022)

奨励賞:土田千愛 会員
著書『日本の難民保護―出入国管理政策の戦後史』 慶應義塾大学出版会 (2024)

賞選考委員会特別賞:Kumiko Sakamoto会員、Lilian Daniel Kaale様、Reiko Ohmori会員、Tamahi Kato (Yamauchi)会員
共著書Changing Dietary Patterns, Indigenous Foods, and Wild Foods, Springer Nature (2023)

賞選考委員会特別賞:Jean-Baptiste M.B. Sanfo会員、Abdoul-Karim Soubeiga会員、Keiichi Ogawa会員
共著論文 Language of instruction and learning achievements inequalities in francophone Sub-Saharan Africa: A residualized quantile regression analysis using PASEC data, International Journal of Educational Research (2024)

2024年度国際開発学会・学会賞に対して、計19点(書籍7点、論文12点)という多数の応募があり、応募いただいた皆様には、心より感謝申し上げます。学術論文が学会賞の対象となる事例はこれまで多くはありませんでしたが、厳正な審査の結果、今回は世界的トップジャーナルである Economic Development and Cultural Change 誌に掲載された本格的な実証・政策研究に授与することとしました。

当受賞作は、日本の開発援助の文脈における知見を鮮明に示した「画期的」な研究であり、日本の援助戦略におけるEBPM(科学的証拠に基づく政策立案)推進の基盤となる「模範」として、今後の研究のさらなる進展を促すことが期待されます。

学会賞の趣旨は、「会員」の研究活動を促進することにあります。賞選考内規には、選考対象作品について『共同研究の場合には、主たる執筆者が会員であることを要する』とあります。この基準についての最終的な判断は選考委員会に委ねられているものの、常識的に考えれば、半分以上の執筆者が非会員の場合には、受賞対象になる可能性は低くなると思います。応募時にはくれぐれもご留意いただければと思います。

来年度も、皆様からの多くの応募をお待ちしております。

賞選考委員会
委員長:澤田 康幸(東京大学)


学会賞:Community-Wide Support for Primary Students to Improve Foundational Literacy and Numeracy: Empirical Evidence from Madagascar, Economic Development and Cultural Change (2024)

Maruyama Takao会員・Igei Kengo会員

概要

本研究は、国際協力機構(JICA)が行ったマダガスカルにおける教育支援プロジェクトのインパクトを評価した論文です。JICAは、マダガスカルで学習支援を目的とした介入パッケージを導入し、本論文ではその効果を精緻に計測しています。

具体的には、読解力と算数/四則演算のテストスコアを指標とし、無作為化比較試験(RCT)による介入の効果を評価しました。分析の結果、介入パッケージは、現地語の文章や物語を読める生徒の割合を約21%ポイント増加させ、算数/四則演算のテストスコアも0.40標準偏差向上させました。さらに、介入は小学校の認定試験において再試験率を低下させ、合格率を向上させるという成果を上げました。

講評

本研究は、純粋な国際開発/国際協力の観点から非常に意義深い研究と評価されます。新たな援助手法を導入する際には、その効果を事前に把握することが難しく、パイロット導入後その効果を統計的に分析することが重要です。

本研究は、その効果をRCTと差分の差分(DID)法を用いて精緻に評価しており、信頼性と内的妥当性が高いと考えられます。特に、JICAという援助機関に関与していることにより、通常は実施が難しい大規模なRCTを行い、信頼性の高い分析結果を得たことは高く評価できます。

このような実践と分析の繰り返しが、現実の援助活動における重要な活動であり、本論文は、実証的なアプローチを通じて日本の援助戦略にEBPM(科学的証拠に基づく政策形成)を浸透させるための模範となることが期待されます。

審査において、課題として2点が指摘されました。第一に、研究の独創性については議論が分かれました。介入がテストスコアに与える影響については多くの先行研究が存在し、本研究の独自性に対する評価は難しいという点です。しかし、筆者は他国との比較を行い、その外的妥当性についても議論しており、この点が本論文の価値を高めているといえます。

第二に、JICAによる援助の評価として、コスト・エフェクティブネスについてさらに詳細に議論し、他の類似プロジェクトとの比較を行うべきだったとの意見もあります。ただし、これらの課題は本論文の分析結果に修正を加える必要があるというものではなく、論文全体の本質的な価値を損なうものではないと言えるでしょう。

結論

学術論文が学会賞の対象となる前例は少ないものの、本研究は極めて優れた「画期的」な研究として高く評価されるべきと考えます。Economic Development and Cultural Changeは国際的に最も権威ある査読付き学術雑誌の一つであり、そうしたプラットフォームに日本の開発援助に基づく知見を明確に示した点を高く評価することができます。

この研究が、日本の援助戦略におけるEBPM推進の基盤となり得る「手本」として後続研究を促進する役割を果たすことも期待し、選考委員会では学会賞を授与することが適切であるとの結論に至りました。(澤田康幸)

受賞の言葉(Takao Maruyama 会員・Kengo Igei会員)

このたび、マダガスカルにおける実証研究が国際開発学会の学会賞を受賞し、誠に光栄に存じます。本研究は、マダガスカル国教育省、JICA、みんなの学校プロジェクト関係者等、多くの方々の協力を得て実現したものです。この場をお借りし、それらの方々の本研究へのご協力に心からお礼を申し上げます。

低・低中所得国をはじめ、世界では3億8千万人を越える、初等教育学齢期の子ども達が初等教育で習得すべき読解・算数の基礎を習得できていないと推計されます。

サブサハラアフリカ地域では、かかる「学習の危機(Learning crisis)」が特に深刻である中、本研究はマダガスカルにおけるランダム化比較試験(RCT)を通じ、JICAみんなの学校プロジェクトで開発された、子どもの読み書き・計算の向上のための方策に関し、その効果を客観的に検証いたしました。

本研究から得られたエビデンスは、政策形成・実践にフィードバックされ、JICAの支援のもとマダガスカル教育省による取組みが進められています。

みんなの学校プロジェクトで開発された方策により、学校・地域の協働による補習活動を通じ、子ども達の読み書き・計算が顕著に改善されることが本研究において確認されましたが、マダガスカルをはじめ、多くの低・低中所得国における「学習の危機」の克服に向け、同方策のさらなる改善・普及とその効果検証の取組みが続けられていく必要があります。

今回の受賞を大きな励みとしつつ、今後も一層研究に精進してまいりたいと思いますので、引き続きご指導・ご鞭撻のほど何卒宜しくお願いいたします。


奨励賞:Lesson Study as Pedagogic Transfer: A Sociological Analysis, Springer Nature (2022)

Kanako. N. Kusanagi会員

概要

授業研究は、150年前に日本で生まれた協同的な教員研修法であり、現在では国際的なベストプラクティスとして認識されています。本書は、教育や教授法の国際的移転に焦点を当て、授業研究が他国に導入された際にどのように変化したのかを分析しています。

教育実践は社会的・文化的に構築されているため、一国で成功した方法が他国でも同様に機能するとは限りません。本書では、授業研究の日本国内外での実践を比較し、インドネシアにおけるフィールドワークを通じて、教育方法が異なる文脈でどのように再解釈されるのかを考察しています。

講評

本書は、グローバル化が進む中で「教育は文脈に依存する」という重要な主張を強調しています。日本の授業研究を事例に、教育実践の「再文脈化」の重要性を指摘し、特にインドネシアでの適応過程をエスノグラフィー手法で詳細に描写しています。この研究は、教育移転が期待された効果をもたらさない理由を社会学的に明らかにし、比較教育学の分野において重要な知見を提供しています。

授業研究の国際移転における困難さや注意点を掘り下げたという点は高く評価できますが、いくつかの課題も残されていると考えられます。まず、結論で述べられた「再文脈化」という概念は、技術移転に関する既存の議論と重複する部分が多いため、より独自性のある分析が望まれます。

さらに、データが2009年から2010年に実施されたフィールドワークに基づいているため、15年もの年月を経た現代の教育関係や一般読者に対する実用的な示唆が限られている可能性があります。また、社会学用語の多用やオートエスノグラフィーによる記述が、やや難解であり、議論のバイアスを生んでいる可能性も、選考過程において指摘されました。

結論

いずれにしても、本書は、教育の研究と実践を橋渡ししようとする本学会の趣旨に沿った内容であり、特に単著の著者が若手研究者であることを考慮し、選考委員会は、奨励賞にふさわしい研究と高く評価します。(澤田康幸)

受賞の言葉(Kanako N. Kusanagi 会員)

このたびは学会奨励賞という栄誉ある賞を賜り、大変光栄に存じます。多様な分野の専門家が活躍される国際開発学会での受賞を嬉しく存じます。

『Lesson Study as Pedagogic Transfer』は、グローバル教育改革、国際協力、教師教育の3つの分野を横断した課題として、なぜ教育移転は期待された効果をもたらさないのか、という問いに挑みました。

レッスンスタディ(授業研究)は、日本発祥のボトムアップで協働的な教師の専門性向上のアプローチで、世界80カ国以上で実践されています。しかし、教育の前提や目指すものは各国の社会文化的文脈に依存するため、「ベストプラクティス」が他国に持ち込まれても、その実践の内容や意味づけが再解釈される「再文脈化」が起こります。

本著はIII部構成となっており、I部の「教育移転とレッスンスタディ(授業研究)」では、日本における授業研究の重層的な歴史的展開と、海外のレッスンスタディにおいて各国それぞれの目的と教育改革の文脈を示した上で、再文脈化の現象の考察を行いました。

第II部では、ジャワの中学校のレッスンスタディ実践について、エスノグラフィック・アプローチを用い分析し、「教員戦略」「教授戦略」の社会学的概念として提示しました。この中で、教師の教育実践が、授業の外側にある官僚的な学校文化や同調調和主義的な同僚性に影響を受けており、良い実践をする教師が必ずしも報われない現場の複雑さを解明しました。

第III部「教育移転の社会学的分析」では、第I部と第II部の分析を元に、教師のプロフェッショナル・デベロップメントと教育移転の課題について分析した上で、代替的なアプローチについて提言を行ないました。

この研究の背景には、日本とアメリカで教育を受けた体験から生まれた、何が「良い教育」のなのかという問い、またインドネシアの現地NGO勤務で見えた、国際援助プロジェクトが意図するものと内部者にしか見えない日常の乖離のギャップを埋めたいという思いがありました。

原稿執筆時はちょうどコロナ禍であり、小学校入学から休校を経て時短通学となった娘の育児と研究の両立に奮闘しましたが、これまで開発援助と教育の現場で得た知見をまとめることができ、評価をいただけましたこと、大変光栄に思います。受賞をきっかけに拙著にもご批判をいただき、理論と実践をつなぐ研究を通して貢献ができるよう、今後も努力を重ねていきたいと思います。

最後に、UCL Institute of EducationのPaul Dowling教授と、これまでご支援いただきました多くの方に心より感謝を申し上げます。


奨励賞:『日本の難民保護—出入国管理政策の戦後史』慶應義塾大学出版会(2024)

土田 千愛 会員

概要

日本は欧米諸国と比較して難民認定率が低く、「難民鎖国」とも称されており、その難民政策の背景については十分に解明されていません。本書は、戦後の長期的視点から日本政府の難民保護政策の決定過程を通時的に分析し、日本の難民政策の特徴とその形成過程を明らかにしようとしています。

また、欧州を中心に発展してきた移民・難民研究に新たな視座を提供することも目指しています。具体的には、第2章から第5章において、日本の難民政策が対外的イメージや外交的利益が絡む局面で戦略的に転換されてきたことを示しています。さらに、日本の難民政策形成には国内外の人権規範が影響し、段階的かつ戦略的に進められてきたことを指摘しています。

結論として、本書は、日本の難民保護における能動的な姿勢を高めるために、出入国在留管理庁に難民保護の専門家会議を常設し、政策評価制度を導入することを提言しています。

講評

本書は、戦後日本の難民政策の形成過程を体系的に追った学術書であり、日本で初めて政治学的視点から難民問題を分析した点に大きな意義があります。これまで、日本の難民政策は外圧によって発展したとされてきましたが、その政策決定過程についての分析は限られており、本書の貢献は重要であると言えます。

ただし、選考委員会では以下の2課題が指摘されました。第一に、先行研究のサーベイが十分とはいえず、特に欧州における難民政策の変遷や移民・移動研究との比較が不足している点が挙げられます。

例えば、1980年代以降の欧州では「移動の管理と制限」への政策転換が進み、難民の分類や国家主権に関する多角的な議論が展開されていますが、本書ではそれらの議論が十分には検討されていません。第二に、日本の難民政策過程の分析がやや弱く、「人間の安全保障」などの政策に関する議論や、日本が他の先進国と比較して難民認定率が低い理由についての考察が不十分である点です。

結論

いずれにしても、難民研究は本学会の趣旨に合致しており、単著の著者が若手研究者である点も考慮し、選考委員会は、本書が奨励賞にふさわしい研究と高く評価いたします。(澤田康幸)

受賞の言葉(土田千愛 会員)

この度は、国際開発学会奨励賞という名誉ある賞をいただきまして、誠にありがとうございます。審査員の先生方、本研究においてご指導いただきました先生方、慶應義塾大学出版会の皆様に、この場をお借りし、厚く御礼申し上げます。

難民保護において、日本は、しばしば「難民鎖国」と言われます。そのような日本が、なぜ難民政策を発展させてきたのか、難民政策をとることは日本にとって、どのような意味を持つのか、そうした疑問から、本研究に取り組んで参りました。

そして、政策形成過程分析を通し、まず、主に西欧諸国で発展し、人権と国益の相克について論じてきた移民・難民研究に対し、日本の文脈で、少しだけ新たな視座を提供してみました。また、これまで受動性と閉鎖性を強調してきた日本の難民研究に対し、政策形成過程には一種の能動性と戦略性が見られることを明らかにしてみました。

残された課題はいくつもありますが、これから少しずつ取り組むことで、微力ながら今後も移民・難民研究、ひいては国際開発研究の発展に寄与して参ります。今後ともご指導ご鞭撻のほど、どうかよろしくお願いいたします。この度は、誠にありがとうございました。


賞選考委員会特別賞:Changing Dietary Patterns, Indigenous Foods, and Wild Foods, Springer Nature (2023)

Kumiko Sakamoto会員, Lilian Daniel Kaale会員, Reiko Ohmori会員, Tamahi Kato (Yamauchi)会員

概要

本研究は、タンザニアの食生活に焦点を当て、特に土着食、野生食材、野菜、豆類などの摂取頻度について、地域や季節の違いを家計調査や個別の聞き取り調査に基づいて丁寧に分析しています。また、これらの食料群の摂取頻度と健康、さらには家計との相互関係についても詳細な相関分析を行っています。

講評

本研究では、現地調査に基づいて食生活に関する詳細なデータを収集しており、その資料的価値は非常に高いといえます。また、G.B. Kedingらの研究を裏付ける「貧しい人々ほど健康である」という知見に加え、雨季に野生食材を頻繁に摂取する人々の健康が良好である等、新たな発見を提示しています。さらに、財政援助が健康と負の相関関係にある点も明らかにし、相互援助の重要性を強調しつつ、政策介入ではその多様性と限界を考慮する必要性についての示唆を与えています。

一方で、選考委員会では、いくつかの課題が指摘されました。第一に、本研究が編著であり、同様の調査が他国でも実施されているため、新規性の面でさらなる深掘りが可能だったであろうと考えられる点です。

第二に、家計内での食料の配分 (intrahousehold food resource allocation) について等の分析に十分に踏み込めていない点、第三に、調査対象がタンザニアの3つの村に限定されており、一般化・外部妥当性提示の難しさがある点です。

特に、「財政援助は健康と負の相関関係にある」という重要な分析結果については、その背景にある構造的要因へのさらなる掘り下げが求められると考えられます。例えば、財政援助がジャンクフードの消費を増加させたのか、あるいは他の用途に使われ不健康な影響を及ぼしたのかといった点などについての分析が望まれます。

結論

いずれにしても、総合的には、現在の研究の意義深さと今後の研究の発展に期待を寄せ、選考委員会では、賞選考委員会特別賞を授与するに十分値すると判断しました。(澤田康幸)

受賞の言葉(Kumiko Sakamoto会員、Lilian Daniel Kaale様、Reiko Ohmori会員、Tamahi Kato (Yamauchi)会員)

この度は、名誉ある国際開発学会の特別賞に本書を選出頂き、大変光栄です。本受賞にあたりまして、共著者のみなさま、本書の研究にご参加頂いたタンザニアの人びとや研究者、日本国内での研究協力者、本研究への科学研究費助成研究課題「東アフリカの野生食用植物・在来食の可能性―タンザニアにおける栄養分析を通して」(基盤B、2018-2021)ならびに「SDGs時代・将来世代のアフリカ在来知―タンザニアの野生植物の食・健康への寄与」(基盤A、2022-2024)に、深く感謝申し上げます。

現在、発展途上国では飢餓や慢性的栄養失調に加え、生活習慣病も同時に問題となっています。本研究は、その一因として食や食糧生産の近代化があると考え、変動する食のあり方や問題解決の糸口として、野生食物や在来食に焦点を当てています。

タンザニアの異なる地域の事例に基づき、地域の固有の状況や食生活に基づく健康への影響を分析しています。さらに、食や健康の状況が、富や相互扶助などの社会的側面とどのような関係をもつか、考察しています。

今後、本書で発表した成果を、タンザニアにおける人びとの生活に還元できるようますます努力します。また、本研究の延長線上で、新たな視点で、子どもに焦点を当て続けている研究にも一層尽力し、今後とも精進して参ります。誠にありがとうございました。


賞選考委員会特別賞:Language of instruction and learning achievements inequalities in francophone Sub-Saharan Africa: A residualized quantile regression analysis using PASEC data, International Journal of Educational Research (2024)

Jean-Baptiste M.B. Sanfo会員, Abdoul-Karim Soubeiga会員, Keiichi Ogawa会員

概要

本研究は、フランス語圏のサハラ以南のアフリカ14カ国を対象に、公式言語による教育とバイリンガル/マルチリンガル教育の影響を比較し、学習成果における格差を検証したものです。

講評

本論文は国際ジャーナルに掲載されており、量的分析手法の妥当性が高い点で、高い研究価値が認められます。特に、14カ国を対象とした包括的な分析によって、外的妥当性をある程度確保している点が高く評価できます。結果は国ごとに異なり、包括的な結論には至らないものの、国ごとの特性差を考えればリーズナブルな結論であるといえます。

一方で、選考委員会では以下の課題が指摘されました。第一に、非実験データに基づくため、仮説検証の識別戦略に課題が残る点です。第二に、議論の「独創性」に関する指摘です。

学校での教授言語と生活言語の違いが子どもの学習に大きな負担を与えることは、特にフランス語圏アフリカにおいて広く認識・研究されています。第三に、本論文の結論では「効果的な言語政策は社会の価値観に沿い、政治経済や社会言語学的現実を考慮し、包括的な教育実践を優先するべきである」と提言されています。

この提言は理論的には正しいものの、実際の言語政策は政治的要因により決定され、必ずしも学習効果の効率性を重視したものにはなりにくいのが現実です。そのため、政策決定における政治的要因についての議論があれば、研究の深みがさらに増したと考えられます。

結論

いくつかの課題があるものの、本研究は国際ジャーナルに掲載された妥当性の高い量的分析手法に基づく研究であり、高い学術的価値が認められます。そのため、選考委員会では、賞選考委員会特別賞を授与するにふさわしいと判断しました。(澤田康幸)

受賞の言葉(Jean-Baptiste M.B. Sanfo会員、Abdoul-Karim Soubeiga会員、Keiichi Ogawa会員)

このたびは、国際開発学会賞選考委員会特別賞という栄誉ある賞をいただき、誠にありがとうございます。本研究は、フランス語圏サブサハラアフリカ14カ国における学習成果と教授言語の関係をテーマに取り組んできた成果をまとめたものです。このような形で評価いただいたことを大変光栄に思います。

本研究では、教授言語(教授言語モデル)が生徒の学習成果に及ぼす影響を分析しました。特に、母語と公用語、あるいはバイリンガル・マルチリンガルモデル教授言語が、学習成果の不平等にどのように影響するかを、PASEC 2019データとResidualized Quantile Regression(RQR)という計量経済学手法を用いて検証しました。

その結果、各教授言語モデルが生徒の成績レベルや居住地域(都市部・農村部)、教育システムの特性によって異なる影響を及ぼすことを明らかにしました。これにより、教育における言語政策が生徒の特性や環境要因に適合する必要性を示すことができたと考えています。

本研究の意義は、まず学習格差に対する新たな視点を提供している点にあります。教授言語モデルが学習成果に与える影響は、単に一律ではなく、生徒の成績レベル(低成績者、平均成績者、高成績者)に応じて異なることを明らかにしました。

さらに、都市部と農村部の居住地、生徒が置かれている教育システムの特性といったコンテクスト要因が、学習成果の格差にどのように影響するかも解明しています。この結果は、教育における言語政策の策定において、生徒の個別の特性(例えば能力)や環境的要因を考慮する必要性を強く示唆しています。

まだまだ未熟ではありますが、今後もこの研究をさらに深化させ、国際開発研究全体の発展に貢献できるよう尽力してまいります。このたびの受賞を励みとし、引き続き努力を重ねていく所存です。学会の皆様には、今後ともご指導ご鞭撻のほど何卒よろしくお願い申し上げます。

最後に、改めましてこのような名誉ある賞をいただけましたことに心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。


賞選考委員会

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