第26回春季大会報告:ブックトーク

C1・ブックトーク
- 開催日時:6月21日 9:00 - 11:00
- 聴講人数:約30名
- 座長・企画責任者:学会誌編集委員会ブックトーク担当(佐藤寛(開発社会学舎)、島田剛(明治大学)、汪牧耘(東京大学)、道中真紀(日本評論社))
- コメンテーター・討論者 報告者(著者):藤田雅美(国立健康危機管理研究機構)[第一発表]、桑島京子(元青山学院大学)[第二発表]
【第一発表:書籍】デビッド・ワーナー&ビル・バウアー (2023) 『学ぶことは変わること――自分と地域の力を引き出すアイディアブック』銀河書籍
発表者 報告者(著者)
石本馨(一般社団法人Bridges in Public Health)、清水香子(公益財団法人アジア保健研修所)
コメント・応答
本書は、村落で活動するヘルスワーカーを支援するためのガイドブックであるHelping Health Workers Learn(1982年初版)の2012年版の全訳である。
石本会員と清水会員による報告では、書籍の内容紹介に加え、40年以上前に刊行された本書の翻訳のきっかけのひとつが、コロナ禍の社会において、原著者の「不公正な構造・格差に目を向け、社会を変えていくこと、そのためには、分野を超えた取り組みが必要である」というメッセージが共感をよび有効ではという考えであったことや、邦訳書名に込められた「社会を変えるために学ぶ、その変化の主体となるために学ぶ」という思いなどが紹介された。
また、出版という観点からは、645頁もの大著の翻訳はボランティアを募集して28名で分担し、その際には2、3人でチームとなり技術的な確認のみならず内容理解を深めるディスカッションを行ったことや、販促も兼ねて輪読会を開催しているといった工夫も紹介された。
藤田会員によるコメントでは、藤田氏自身のキャリアと本書とのかかわりの紹介にはじまり、本書のアプローチが国際的なPHCの流れのどの類型に分類され、どのような課題を提起しているのかについて、藤田氏が従事してきた取組を具合例として挙げながら解説がなされた。
質疑応答では、原著と邦訳で書名を変えたことの影響を尋ねる質問に対し、読者層を広げたつもりであるがメインターゲットが曖昧になった可能性も否めない旨の回答があったほか、本書の「学ぶことは変わること」というメッセージは、我々の日常においても有用であるというコメントも寄せられた。
【第二発表:書籍】高須直子・山形辰史/編(2025)『これからの国際協力―私たちが望む未来のために』有斐閣
発表者 報告者
高須直子(駒沢女子大学)、長谷川絵里(有斐閣)
コメント・応答
本書は、ロシアによるウクライナ侵攻、イスラエルとハマスとの戦争、新型コロナウイルス感染症の世界的拡大、深刻化する気候危機等をふまえ、大きく変わっていく今後の国際協力を提示する多人数執筆の入門書である。
編者の高須会員の報告では、書籍の内容紹介に加え、第1章に「暴力」をもってくるという斬新な構成には異論もあったというエピソードや、シリーズものの教科書であるがゆえの分量や体裁における制約、執筆経験豊富な著者がそうでない著者をサポートできるという共著のメリット、各章の筆者に各章の内容をある程度ゆだねることになる意味での多人数執筆の難しさ、また、その点とも関連して、本書では各筆者が主張を一定程度明確にしているため、読者が自分の意見に照らして考えることを喚起しうるという特長などが紹介された。
担当編集の長谷川氏からは、本書が所収される「Y-knot」シリーズの、「学問を通して社会とつながろう」というコンセプトや各章扉のクイズといった工夫に加え、本書の企画のきっかけから刊行に至るまでのプロセスと各段階におけるポイントが詳細に紹介された。
桑島会員によるコメントでは、本書はこれからの国際協力を考えるための意欲的で示唆に富む概論テキストであるという評とともに、本書のエッセンスと貢献を「国際協力とは何か、なぜ協力を行うのか」「途上国の開発課題にどう取り組むか」という観点からまとめた。
質疑応答では、国際開発の文脈のテキストでは国の力の関係なども含めざるを得ないが、入門向けの場合にどこまで扱うべきか、などの興味深い議論が展開された。
【第三発表:スペシャルトーク】スペシャルトーク:国際開発をめぐる逆風下で、何をどう教えるべきか
発表者 報告者
佐藤寛(開発社会学舎)[問題提起]、寺野摩弓(国際教養大学)[問題提起]、山形辰史(立命館アジア太平洋大学)[コメント]
コメント・応答
国内外における「外国より自国を優先せよ」という根強い世論の中で、今後、大学においても国際開発・国際協力に関連するコースの閉鎖や統合が予想される。しかし、その逆風の中でも、これからの国際協力を支える人材の育成は本学会にとってのみならず、日本が「国際社会において名誉ある地位を占め(日本国憲法前文)」るためにも重要と考えられる。そこで、今回のブックトークでは、国際開発をめぐる逆風下で若い人々に開発研究・国際協力を魅力的な学問と感じ取ってもらうために何をどう教えるべきかを、スペシャルトークとして議論した。
冒頭の佐藤会員からの問題提起では、本スペシャルトークの趣旨に加え、教科書執筆においては誰を対象にどんなセクターやディシプリンやトピックを選択するのか、国際開発学会として国際開発・開発協力を再定義する必要はないか、従来の「留学・就職経路」を見直す必要はないか、留学生に日本の国際協力をどうやって教えるかといった問題提起がなされた。そのさらに具体的なケースとして、寺野会員からは、国際教養大学においてバックグラウンドの異なる日本人と留学生を対象に、日本の経験や視点に根ざして国際開発協力を教える場合の教材選びに際しては、日本の経験や視点を示す英語教材が限定されるなどの課題があることが紹介された。
これらの問題提起を受け、山形会員からは、教科書は出版に時間がかかるため即応性に欠け、また、一冊の科書に頼るのは柔軟性に欠けるという難点があるいっぽうで、教科書を使わないActive Learningは学生の興味を内側に掘り下げ得るものの外延的には拡大しにくいという指摘がなされた。また、外延的拡大への刺激を与える方法のひとつとして、授業外で途上国をテーマにした映画の上映を行っていることも紹介された。質疑応答では、教科書は講義の筋を通すためや公平に学生を評価するための参照軸として有効という意見や、国際協力というテーマ自体が「一般化」と「特殊化」のいずれに向かうのか、しかしそもそも教科書というものは過去を体系的にまとめるもので「これから」を語るには相性が悪いといった論点などが提示され、白熱した議論が展開された。
総括
2019年より開催されているJASIDブックトークは、会員が自著を出版社の担当編集者と共に紹介するセッションである。書籍の内容紹介にとどまらず、企画から刊行後までを含めた出版の過程をトータルに語っていただくことにより、出版をご検討中の会員の参考としていただくとともに、学会における出版の活性化や質の向上を図ることを目的としている。今回も登壇者のみなさまには、企画から出版までの過程における具体的で実践的な工夫やご苦労を多数ご報告いただいた。また今回は初の試みとして、教科書をめぐるスペシャルトークも開催した。
今回は北海道までお越しいただける出版社が少なかったこともあり、書籍紹介は2冊に留まったが、そのぶん1冊当たりの報告・コメント・質疑応答の時間を従来よりも長く確保し、スペシャルトークも開催することができた。そのおかげもあってか、今回はとくに、各報告の報告・コメント・質疑応答において、お互いの報告内容や書籍の内容を参照し合っていただくことが多かった。そのため、セッション全体が有機的なつながりをもち、出版と国際協力の関係についてたいへん充実した議論が展開された。素晴らしい報告・コメントをしてくださった登壇者のみなさま、フロアからの鋭い質問やコメントで議論の質を高めてくださった発言者のみなさま、そして、それらに熱心に耳を傾けて会場の雰囲気を共に盛り上げてくださったセッション参加者のみなさまに、深く感謝申し上げたい。
報告者(所属): 道中真紀(日本評論社)