第25回春季大会報告:一般口頭発表-B
一般口頭発表
B2:危機と移動の複線経路:移民・難民・避難民
- 開催日時:6月15日12:45 - 14:45
- 聴講人数:約50名
- 座長:柏崎 梢(関東学院大学)
- コメンテーター・討論者:柏崎 梢(関東学院大学)、山口 健介(東京大学)、田中 雅子(上智大学)
【第一発表】「現代奴隷制」言説に関する考察―タイの人身取引の事例から
発表者
- 齋藤 百合子(大東文化大学)
コメント・応答
山口委員より、「現代奴隷制」という認識が関係機関のみならず企業の評価リスクなど社会的に広がるなか、その言葉の持つ辛烈さが改めて強調されるとともに、本論文における被害者を「他者化」することの問題提起が確認された。
植民地時代を経て、現代社会におけるこれらの言説は、結局オリエンタリズムでありその視点から批判されるべきであるとコメントがなされた。さらに、研究の展開として自身が「加害者」であり相手が「被害者」である立場から、その関わりの難しさが指摘されると同時に、地域研究としての可能性が言及された。
発表者からは調査対象者との関わり方の難しさと重要さについて、経験をもとに振り返られ、地域研究としての展開について前向きに検討する旨回答がなされた。
【第二発表】長期化・複雑化する危機下における難民の学習戦略と経路―タイ・チェンマイにおけるミャンマー難民・移民へのライフヒストリーインタビュー調査に基づいて
発表者
- 小松太郎(上智大学)
コメント・応答
山口委員より、本論の主旨が確認されるとともに、ミャンマー難民・移民の若者にとって、「教育」そのものが希望の源泉となり、出身国での発展への貢献することを前提として学習が動機づけられていることと、タイその他の国への包括を強調することの関連性に関して問いが投げかけられた。
同時に、本調査対象がチェンマイ大学在住というエリート層といえる若者であり、危機的状況下にあるその他大勢の「難民」との違いを受け、上記の包摂の議論を誰をどこまでに展開するのか質問がなされた。
発表者からは対象者の位置付けの説明がなされるとともに、長期的な難民・移民へのアプローチにつながる可能性と、今後の分析の深化の必要性が回答された。
【第三発表】伝統的住民自治組織による災害避難民受入れ機能―インドネシア・バリ州の2017年アグン火山災害時におけるカランガスム県のバンジャールに焦点を当てて
発表者
- 坂根 徹(法政大学)
コメント・応答
柏崎委員より、伝統的な住民自治組織バンジャールの施設機能における、日常と非日常の関係の重要性が確認されるとともに、被災者の避難先でのケアの重要性に焦点を当てることの意義が示された。
そのうえで、施設の機能が、避難者受入れプロセスや、受入れ後の対応にどのように関わってくるのかが問われた。また、本事例の位置付けと、今後の展望について確認がなされた。
発表者からは、本事例は特異なケースではなく比較的同様の機能や対応が他バンジャールでもなされてきたこと、そして受け入れのキャパシティとしての人数や期間などの具体について回答がなされた。
【第四発表】ブータン人海外移住者のコミュニティ京成と自己認識の変化―移民システム論からの分析―
発表者
- 佐藤 美奈子(京都大学)
コメント・応答
田中委員より、「家族」の範囲として数世代にわたるつながりが確認されたとともに、ネパールの事例とともに、女性の留学者や就労者の存在について、そして家庭言語の使い分けについて、問いがなされた。
また、オーストラリアで展開するブータン人の当事者団体について、出国にいたるまでの出身地域別の経緯が明らかになったことから、そうした同郷人団体の有無や意義についてもコメントがなされた。また、出国者の多さから、移民ではなく「脱出」してとらえ、それに対する政府の対応について追求していくことの重要性が投げかけられた。
発表者からは、聞き取り調査からの個別事例の説明とともに、女性や同郷出身者の存在について回答がなされた。また、これまで対応がみられないブータン政府の姿勢について言及された。
【第五発表】「失踪」者の日本入国からベトナム帰国後の軌跡―人間開発の側面から捉える
発表者
- 加藤 丈太郎(武庫川女子大学)
コメント・応答
田中委員より、本論文が取り上げている「失踪」という言葉は日本側の他称であり、本人たちがどう自称として称しているのか、そしてそれらを日本にいる技能実習生や帰国後の生活において、どのように捉えられているのかを把握する重要性が、ネパールの事例紹介とともに指摘された。
また、「失踪」に限らず移動において、選択肢の自由度がどの程度であるかが重要で、今回取り上げられたようなケースを人間開発としてとらえることの再検討が投げかけられ、元「失踪」者など帰還者の組織による「連帯」や「集団的エンパワーメント」といえるような取り組みの有無や、検討事例を増やす必要性が示された。
発表者からは、聞き取りの内容には多様な側面がありそれらをより丁寧に分析していくとともに、検討事例を増やし、自己実現のための人間開発として捉えていくべきか、より検討を重ねていく意向が回答された。
総括
セッションの総括 移民・難民・避難民の現場の声に裏付けられた、時宜を得た貴重な発表が揃ったセッションであった。
特に奴隷、難民、「失踪」者など、予断を許さぬ危機的事態を、どう捉え考えていくか、いち関係者として私たちにも突きつけられる議論もなされたのは意義深く、研究の意義を再確認する機会となったと思われる。予備分析や検討途中の面もあったが、その後の研究の展開に寄与する機会になったと発表者からコメントが寄せられた。
コメンテーターからの指摘や投げかけに伴う議論が充実した反面、セッション時間内に収めるために、フロアからの質疑応答の時間が最終的にとれなかったのは反省点である。セッション後、発表者を囲んで活発な話し合いがなされていた。
報告者(所属):柏崎 梢(関東学院大学)
B3:グローバル開発の地殻変動:地政対立・国際機関・ SDGs
- 開催日時:6月15日 15:00 - 17:00
- 聴講人数:約30名
- 座長・企画責任者 :谷口 美代子(宮崎公立大学)、大山 貴稔(九州工業大学)
- コメンテーター・討論者:大平 剛(北九州市立大学)、植松 大輝(立命館大学)
【第一発表】中国の国際開発協力における先進国ドナーとの co-financeの特徴 ー 米 Aid Data最新 統計、 ADBへの聞き取りに基づく分析
発表者
- 石丸 大輝(国際協力機構)
コメント・応答
植松会員から主に以下のコメントがあった。まず、現在、中国は供与額で行くと世界銀行を超えて、最大の国際協力機関となっており協調融資も増えている。こうしたなか、二国間協調よりも多国間協調が増えているのはなぜか。
これに対しては、協調融資する相手側の視点が重要なのではないか。たとえば、欧米であれば人権や少数派の扱いなどについてはコンディショナリティとするので中国とは相いれないことが二国間協調の案件の伸びにつながらないのではないか。また、中国側がどのように二国間と多国間の協調融資を使い分けているかについて分析することは有効である。
世界銀行はCofinanceの経験が豊富であるために中国側からすれば取引費用が低く、双方に受け入れやすい。こうしたコメントに対して石丸会員からは、今回の報告では、多国間協調の方が二国間協調よりも多い理由については掘り下げていないが、二国間の場合、協調する相手側からすると中国と協調することは国内向けに政治的配慮から難しい。
この点、日本と韓国が二国間協調で多いが、大規模案件が多いので協調に見える面が大きく、積極的に協調を推進しているわけではない。受け手に関する視点というのは現在JICA研究所で実施中であるために、そこで対応したい。
【第二発表】SDGs完全達成に向けた超富裕層の社会的責任と地球市民運動の課題
発表者
- 岡野内 正(法政大学)
コメント・応答
植松会員からは以下のコメントがあった。SDGとの関係で考えてみると、232の指標を掲げているが、当初は242の指標だった。すなわち、10の指標が重複していたためにそれが削減されたということであるが、達成する意図をもって指標を設定したのかは疑問である。
仮に完全達成したとしても、経済成長=貧困削減=格差解消とならないということはデータの側面から見ても明らかであり、今のやり方を続けていても貧困削減にはつながらないという危機感からすれば、本発表で提案された新たな富の分配という視点は意義深い。
こうしたデータ上の問題などはこの問題にかかわるコミュニティが共有すべきことである。岡野内会員からは、SDGは妥協の産物であるがそれはそれで貴重な妥協である。しかし、それでは限界があるので、資本主義に依拠して分配する仕組みを作ろうというのが本報告の主旨であり、国家だけでなく、NGOの役割などもにも注視すべきとの応答があった。
【第三発表】サステイナビリティとグローバルヘルス〜世界保健機関( WHO)と国連気候変動枠組 条約( UNFCCC)締約国会議( COP)における「気候と健康」に関する合意形成
発表者
- 勝間 靖(早稲田大学)
コメント・応答
大平会員から主に以下のコメント・質問があった。まず、気候と健康について国連側(WHO)でイニシアティブをとったのは、WHO事務局長のマーガレット・チャンによるところが大きいがなぜか(2021年、2023年の転機になったのは?)。
次に、「緩和」と「適応」という概念を用いて、WHOと気候変動パネル2つの機関が同じ方向に向かうようになったのは興味深い。最後に、「Sustainability」とタイトルにあるためにその定義の厳密性が必要なのではないか?これに対して勝間会員からは、①イニシアティブのきっかけになった理由については、ヨーロッパ加盟国からの強いイニシアティブがあったこと、②特にCOPグラスゴー会合(2021)ではイギリスが周到に準備し、同政府はパリ協定を真剣に進めるために保健セクターを取り込むことが必要と考えていたことなどの回答があった。
そのうえで、UAEで、環境大臣と保健大臣が初めて会合を実施したという意味で、「緩和」と「適合」が出会ったという大平会員の解釈は妥当であることが述べられた。Sustainabilityの厳密性に対しては、地球を脅かしているという意味で用いたが、今後その定義については深く分析を行う。
【第四発表】FOIPの枠組みで変容する日本援助-「会心のヒット」なのか「底辺への競争」なのか
発表者
- 近藤 久洋(埼玉大学)
コメント・応答
大平会員からは主に以下のコメント・質問があった。まず、日本のODAの安全保障化は、安倍政権下ではなく、民主党政権下でもすでに政策として提示されていた。
次に、ロシア・中国が国際秩序を揺るがしているという指摘だが、現在のアメリカも内側から秩序を壊しているといえるのではないか。また、イギリスからアメリが軍事利用するために貸与しているディエゴガルシアでは、アメリカは住民を強制移住させている。こうしたアメリカの矛盾をどのように理解するのか。さらに、FOIPを同志国が受け入れているといった議論であるが、そういった解釈は適切か。すなわち、ASEANや太平洋諸国にみられるように途上国側もしたたかに両者を天秤にかけるなどしたたかな側面もあるのではないか。
これに対して、近藤会員からは、①ASEANに関してはASEANとASEAN諸国では、FOIPに関して前者は好意的であるが、後者に関しては国によって対応は異なるために区別してみていく必要があること、②アメリカのシンクタンク関係者によると、途上国側のFOIPに対する評価として、中国だけに依存することがない選択肢ができたという点、などが補足された。いずれにしても、現段階では深い考察まで至っていないため、今後、指摘の点も踏まえて改善していくとの応答があった。
【第五発表】紛争影響国における国連の人道・開発・平和の連携(トリプルネクサス)の実践可能性に 関する考察 ーイエメンでの人道・環境危機回避のための SAFERタンカー原油移送オペレーション を事例として
発表者
- 槌谷 恒孝(東京大学大学院総合文化研究科 人間の安全保障プログラム)
コメント・応答
谷口からは報告の意義や着目点が説明されたうえで、主に以下のコメント・質問として以下の点が指摘された。まず、先行研究レビューがなく、学術研究としての位置づけが不明である。
次に、これまでのトリプルネクサス(人道・開発・平和)から想定される構成要素(紛争・暴力・自然災害)とは異なるために、そのことは前段で規定したほうが分かりやすい。そのうえで、構成要素が違った場合の再現性とその正当性について説明が必要である。
さらに、トリプルネクサスの課題として指摘されてきたのが人道支援の中立性であるが、これに対しては言及がなかったのはなぜか?
槌谷会員からは、①先行研究からの位置づけからは今後の修正過程で明示していく、②構成要素が異なる点は示すが、制度化には一定の進展があるために再現性は確保されると考える、③人道支援の中立性については、字数により含めなかったが指摘の通、④これらの点については今後修正過程で参考にしたいとの応答があった。
総括
本セッションでは、国際情勢が流動化する中、本学会の学際的なアプローチの特性を反映してか、計量経済、国際保健、社会学、紛争・平和研究など多様な学術領域で、研究テーマも、①中国の国際開発協力と先進国ドナーとの協調融資、②気候変動と保健に関する国際合意形成(国際レジーム)、③日本の外交・安全保障政策と開発援助、④人道・開発・平和のトリプルネクサスの有効性(イエメンの事例)と多岐にわたるものであった。
こうした多様なアジェンダセッティングの中にあり、一貫して発表者が目指しているものは、複合的危機を抱える国際社会が、国際開発をとおしてどのように貧困削減・格差の是正、さらには福祉(ウェルビーイング)の向上、平和と安定した社会の実現ができるのかという点であった。
その中でもキーワードとなるのは、対立と協調、格差と(公正な)分配である。たとえば、近藤会員の発表では、FOIPは対中戦略として描かれているのに対して、石丸会員の報告では、中国は先進国ドナーと二国間・多国間協調を行っていることが指摘されている。
また、国際秩序の危機や米国の秩序の内側からの崩壊などが指摘される中でも、勝間会員の報告では国際保健では気候と保健という新たな国際レジーム、槌谷会員の報告では、人道・開発・平和のネクサスによる集団的利益の実現といった面も国際協調も一定程度機能していることが明らかとなった。
こうした議論は、米中対立が先鋭化し、特にロシアによるウクライナ進攻後のリアリズムが影響力を増す言論空間において、リベラリズムの有効性も損なわれていないことを示すものとして指摘することができる。国際的な対立が深まることによって政治化された議論が横行する中、研究者として適切かつ慎重な情報データの分析や解釈の妥当性・信頼性を担保することの重要性を改めて認識した。
残念な点をひとつ指摘したい。本セッションは、5つの発表があり、発表者の皆様には事務局から指示があったように、15分の発表とその後の質疑応答5分ということでお願いしていた。タイムキーパーも機能しており、発表者も制限時間を厳守していただいたが、結果的にはフロアーからの質疑応答を受けることができなかった。そのため、今後、2時間のセッションを組む場合に、最大4人までとすると、発表者と参加者双方の満足感が得られるのではないかと思われる。
報告者(所属):谷口 美代子(宮崎公立大学)
大山 貴稔(九州工業大学)
そのほかの座長報告(一般口頭発表)
- 第25回春季大会報告:一般口頭発表B
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- 第25回春季大会報告:一般口頭発表D(+オンライン)
- 第25回春季大会報告:一般口頭発表F