『開発論の系譜』研究部会(2025年8月)

活動報告(2年目)
「開発論の系譜」研究部会では、おおむね2か月に1回の頻度でオンライン研究会を行ってきた。活動1年目ということで部会設置時の賛同者による話題提供を中心としながらも、時には部会の外からも話題提供者を招いて問題の所在を具体化するための議論を重ねてきた。これまでの活動状況及び今後の予定は以下の通りである。
「開発論の系譜」研究部会では、2年目も引き続きおおむね2か月に1回の頻度でオンライン研究会を開催し、対面セミナーも実施した。初年度で得られた知見をもとに、開発論が生み出されたコンテクストを掘り下げるとともに、現代的な課題との接続を意識した議論を重ねてきた。これまでの活動状況及び今後の予定は以下の通りである。
第6回研究会(2024年11月25日 14:00~17:00)
アフリカ日本協議会の稲場雅紀氏を迎え、「日本の保健・医療援助の課題——HIVの視点から」と題して報告していただいた。1980~90年代のHIV/AIDS当事者運動による医療モデルの変革や、2003年の米国PEPFARと世界エイズ・結核・マラリア対策基金の登場による治療重視への転換を概観しつつ、日本の二国間保健援助が旧来型のインフラ整備と専門家主導に回帰した問題を批判的に議論を重ねた。援助政策における市民社会や当事者運動との連携のあり方を具体的に考察する回となった。
第7回研究会(2025年1月16日 19:00~22:00)「開発論の再編成に向けて:日本における視野・死角・展望」
東京大学駒場キャンパスにて、標記の対面形式でセミナーを実施した。そこでは、大山貴稔氏の「忘れられたディスコースを求めて」、キム・ソヤン氏の「メコンの眼差し」、松原直輝氏の「制度発展の内発史観と外発史観」、汪牧耘氏の「フィルターとしての『日本開発学』」の4報告を行い、参加者との議論を行った。世代・学派・立場を横断して「見えない系譜」を可視化する方法論や、地政学的再編と日本の開発学の対応などが俎上に載り、多角的な視点から開発論を捉え直す可能性を共有した。議論の詳細は以下に掲載。
https://www.eaa.c.u-tokyo.ac.jp/blog/kaihatsutobungaku-8-blog/
第8回研究会(2025年3月29日 14:00~17:00)
学習院大学の元田結花氏を迎え、「『開発学』の学び方——1990年代における一学徒の経験」と題する報告を行っていただいた。冷戦終結後に日本がトップドナーへと躍進した1990年代を「開発学の胎動期」と位置づけ、東京大学からIDS(サセックス大学)への留学体験を通じて、英語圏の議論と日本語圏の知識生産を往還させる方法について考察した。個人の学習体験を媒介に開発学の形成過程を読み解く新たなアプローチとして注目される回となった。
第9回研究会(2025年4月19日 13:00~17:30)「USAIDの解体、どう受け止めるか?——日本からの視点と論点」
法政大学市ヶ谷キャンパスにて、標記の対面形式で緊急セミナーを実施した。そこでは100名超が参集し、米国対外援助再編の最新動向とその含意について議論した。馬杉学治氏(JICA)、稲場雅紀氏(アフリカ日本協議会)、米山泰揚氏(国際開発学会所属(元世界銀行駐日特別代表))、松本悟氏(法政大学)らの報告をもとに、現在進行形の変化が国際開発の枠組みに与える影響と日本の対応のあり方について多面的に検討した。議論の詳細は以下に掲載。
https://www.eaa.c.u-tokyo.ac.jp/blog/usaid-japan/
第10回研究会(2025年5月17日 14:00~17:00)
開発社会学舎の佐藤寛氏を迎え、「日本における開発学の系譜——援助研究ことはじめ」を題材に議論した。アジア経済研究所で立ち上げた「経済協力シリーズ」を例に、日本の援助研究が「経済学中心」から「社会学的まなざし」へと拡張した90年代の転機を振り返りつつ、「開発研究」の対象を途上国に限らず国内の貧困地域にも拡張するなどの新たな研究視座について議論を重ねた。学際的な視点から開発研究の可能性を再考する回となった。
第11回研究会(2025年7月19日 14:00~17:00)
明治学院大学の平山恵氏を迎え、「人の声を聴く仕事——NGO・国連・ODA、個人として従事」を題材にライフヒストリーを共有した。国内運動から国連勤務、FASIDでの研修・PCM導入、現場でのローカリゼーション実践までの遍歴を通じ、当事者の声を起点とする実践知の形成とよそ者性の活用法を検討した。声なき声を政策・制度に媒介する作法と倫理が主要論点となった。
2年目の活動を通して、開発論の系譜を捉えなおす以下の論点が浮かび上がってきた。
第一に、「内外」の境界を問い直す経験の系譜である。初年度の松本報告や第11回の平山報告などに見られたドヤ街との接触体験から、第6回の稲場報告に至るまで、複数の話題提供者において、身近な貧困や社会問題への向き合いが国際開発への関心の出発点となっていたことが確認された。こうして国際開発という概念が普及する前から行われてきた実践に光を当てたことで、開発論は「内と外」「国内と国外」を固定化した視角として提示すべきものではなく、スケールを横断する移動実践として再把握されるべき可能性が浮かんできた。
第二に、初年度から継続して浮かび上がってきた人的ネットワークの連なりである。国際保健分野での武見機関を中心とした関係者のつながり、コーネル大学やサセックス大学への留学組による知識共同体の形成、佐藤氏らによる勉強会グループの展開など、開発業界を形づくる人々の多様なネットワークが、時代を超えて知識や実践の継承・発展に重要な役割を果たしていることが具体的に確認された。これらのネットワークは、公式な制度や政策文書には現れない「見えない系譜」の実質的な担い手として、開発論の形成と変容を支えている。
第三に、知の「翻訳/媒介」を担う個人の役割の可視化である。英語/日本語など異なる言語圏の往還を試みた留学生であったり、当事者運動と実務現場との接合を試みた人々であったりを通じて、理論と言語、制度言語と当事者の語り、研究と政策のあいだで意味を組み替える媒介者としての実践が浮かび上がってきた。これらは単なる解説や翻訳ではなく、異なる文脈を横断して知識の配置そのものを更新する創造的行為として光を当てうるものでありそうだ。
3年目に向けては、これまでの2年間の議論の蓄積をもとに、より体系的な成果発表に向けた準備を進める予定である。引き続き定例のオンライン研究会を継続しつつ、対面での研究会も実施し、部会活動を通しての議論の蓄積と深化を図っていきたい。
『開発論の系譜』研究部会
代表:大山 貴稔(九州工業大学)