第26回春季大会報告:一般口頭発表-K

一般口頭発表
K1:批判的教育の展望:多様性と普遍性の交差点
- 開催日時:6月21日9:00 - 11:00
- 聴講人数:約20名
- 座長:山田肖子(名古屋大学)
- コメンテーター・討論者:野田真里(茨城大学)
【第一発表】Factors Influencing Critical Thinking in Middle College Students
発表者
- BHUWAN SHANKAR BHATT (Salesian International School, Setagaya College)
コメント・応答
本発表は、中等教育段階の生徒を対象に、批判的思考(Critical thinking)を高めることを目的に実施されたプログラムの効果を評価し、批判的思考に影響を与える要因を明らかにしようとする意欲的な試みであり、教育現場における思考力育成の実践にとって重要な示唆を含んでいる。
社会心理学者Banduraの社会的認知理論やBloomの認知タクソノミーなどを理論的枠組みとして用いた点は評価できるが、発表ではその理論と質問票で用いた項目(自己効力感、同級生との相互作用、教室環境など)との関連性が十分に説明されておらず、理論と実証のつながりを明確にする必要がある。
また、学校で実施したプログラムの内容や手法が全く紹介されないまま、効果を評価する質問票の結果分析だけが提示されたため、プログラムと質問票の結果の関連が不明瞭である。Bloomの認知分類(タキソノミー)におけるどの段階に焦点を当てているのかを明らかにした上で、介入の目標と手段を具体化することで、プログラムの有効性をより説得力のある形で示すことが期待される。
最後に、「批判的思考ができるようになる」とは何を意味するのか、その定義や達成基準を明らかにすることで、効果を的確に評価することを期待したい。「批判的思考」の具体的な定義と評価指標を提示し、それに基づく分析を行うことで、研究の貢献が一層明確になるだろう。
【第二発表】Critical Historiography of Ainu History Education
発表者
- Taymour BOURAN (Sophia University (Ph.D student); and, United World College International School of Asia Karuizawa Japan (History Teacher)
コメント・応答
本発表は、アイヌの史料研究(Historiography)を通じて、従来の歴史観を批判的に捉えなおし、更にそこから中高等学校で行われる歴史教育を再考することを目指すものである。批判的歴史教育の可能性に挑む意欲的な試みであり、特に教育を通じた平和構築という目的は非常に意義深い。一方で、理論的枠組み(フレイレの教育学)や用語(critical historiography)の具体的適用方法、また分析手法(カリキュラム分析や史資料の扱い)について、さらなる明確化と実証性が求められる。今後は、具体的な教育実践例や教材分析を通じて、より説得力のある議論が展開されることを期待したい。
途上国での国際開発協力に関する報告が多い本学会において、北海道で開催された本大会ならではの国内での開発のフロンティアにおけるアイヌの歴史の批判的考察を掲げた本発表は、聴衆にとっても興味深く、留学生など、自国が植民地として被支配の歴史を持つ者からの質問、コメントが複数上がった。
【第三発表】ブータンとスリランカにおける宗教教育と普通教育の共存 ― 多⽂化社会における課題と展望
発表者
- 佐藤美奈⼦ (京都⼤学)
コメント・応答
本発表は、ブータンとスリランカにおける宗教教育と普通教育の共存を考察し、政教分離の原則の実践や逸脱の実態を明らかにしようとする点で意義がある。また、国連機関など外部アクターの介入の有効性に注目する視点も重要である。ブータンとスリランカという二つの異なる仏教国での状況を詳細に叙述している点で、報告者の調査のち密さや情報としての価値の高さは評価できる。その一方で、二つの国での宗教教育をどのような視点で比較しようとしているのか、分析の枠組みを明確にすることが望まれる。
今後の発展のためには、比較軸(例えば、宗教教育が多文化共生に向かうのか排他性を強めるのか、教育が個人の自律に向かうのか共同体への帰属を強めるか、宗教と政治の関係、仏教の教義と学校教育との連動性、そして両国の傾向が文化的か国際的かなど)を明確にすることで、詳細な情報が整理され、取捨選択される必要があるだろう。
発表者が説明したい内容が多岐にわたり、時間を取ったために、質疑を通してフロアとインターアクションする時間がなかったことは若干残念であった。
【第四発表】グローバル社会におけるSDGs教育の展望-グローカル教育課題の探求を中⼼に-
発表者
- 安部 雅⼈ (東洋学園⼤学)
コメント・応答
SDGsの理解を日本の児童・生徒に広めるために、発表者が学校で行った複数の出前講義の経験に基づく発表であった。アフガニスタンで活躍された中西哲氏の治水事業と日本の伝統的な治水の手法の対比、ロシア‐ウクライナ戦争と日本の昔話と対比など、日本の生徒にとって身近な内容や、日本文化の中にある要素と国際的な課題を関連付けることで、国際的な課題が遠い他者の問題として学習者自身の現実から切り離すことはできない、ということを伝えたいという思いがあると感じた。
その一方で、話題が次々に変わること、SDGs自体が17もの目標と169ものターゲットからなる広範な目標であることなどから、SDGsの何をどの程度伝えることを目指しているのかが必ずしも明確ではなかった。学校教育の中でグローバルな持続可能性の課題を批判的に考えさせる教育(ESD: 持続可能な開発のための教育)は、それ自体に専門家が多く存在する分野であるが、発表者が提起する「SDGs教育」にどのような独自の貢献、価値があるのか、今後さらに突き詰め、発信していくことを期待したい。
総括
2件の英語の発表と2件の日本語の発表が、発表言語によって分かれずに同じセッションに入っていたことによって、英語話者の参加者も含め、フロアからの活発な参加があった。
また、歴史、宗教教育、批判的思考など、学校教育の制度・政策の枠組みを超えて教育の社会的・文化的な意味を批判的に考察する研究が提示されたことは、教育開発研究の深化にとって重要と思われる。今回の発表者はもとより、こうした研究視角の優れた発表が出てくること期待したい。
報告者(所属):山田肖子(名古屋大学)
K2:労働と経営:経済的制約下の対応と創造
- 開催日時:6月21日11:10-13:10
- 聴講人数:不明
- 座長:高野久紀(京都大学 経済学研究科)
- コメンテーター・討論者:高野久紀(京都大学経済学研究科)、吉田秀美(Solidaridad Japan)
【第一発表】How Does Credit Access Affect Children’s Work Time: Evidence from Financial Dairies of Cocoa Farmers in Ghana
発表者
- Samuel AMPONSAH (Institute for International Strategy, Tokyo International University)
コメント・応答
本研究では、ガーナのカカオ農家を対象とした家計金融日誌データを用いて、信用アクセスが児童労働の削減に与える影響を回帰分析によって検証している。児童労働の定義には18歳未満が含まれていたため、「児童労働」として計測された労働時間の社会的な意義について疑問が寄せられた。これに対しては、就学に影響を与えやすい10〜14歳の年齢層においても同様の結果が得られていることから、信用アクセスによって望ましくない児童労働が減少する可能性がある、という説明がなされた。
一方で、信用アクセスの効果は地域固定効果を加えると統計的に有意ではなくなることから、論文中では“This suggests that the impact of credit is mediated by regional factors such as labour market conditions, access to schools, and credit institutions” と解釈している。しかし、「同地域で信用アクセスがあった人となかった人を比べていることであり、この解釈は正しくなく、むしろ、信用アクセスではなく地域の経済状況が重要であり、地域固定効果を入れない定式化は欠落変数バイアスの問題があることを示唆している」という指摘があった。これに関しては、今後引き続き検討していくということになった。
【第二発表】Young People’s Trajectory from School to Decent Work in the Rural Area of Central Madagascar: Exploring participants’ Narratives
発表者
- Fanantenana Rianasoa ANDRIARINIAINA (Osaka University)
コメント・応答
マダガスカル中部農村部の若者5人へのインタビューを通じて、彼らが「働きがいのある人間らしい仕事(Decent Work)」へと至るまでの道筋を探索し、家庭状況、民族的背景、教育機会、性別、個人の選択などが進路に影響を与えることが示された。しかし、この研究に対しては、調査対象がわずか5人に限られている点や、まるでルポルタージュのように個々の人生の軌跡を描写しているだけで、明確な理論的枠組みや分析フレームワークが欠けており、学術的な貢献が何かが不明瞭であるという懸念が示された。これに対しては、今後は学術的貢献をより明確に打ち出す形で研究を進めていく方針であるとの回答があった。
【第三発表】Gender Disparities in Educational Returns and Decent Work: Evidence from Vietnam’s Evolving Labor Market
発表者
- Ryuto MINAMI (Tokyo University)
コメント・応答
ベトナムの労働市場において、教育がもたらす「賃金」および「非賃金的なDecent Work(安定雇用、社会保障等)」への影響を、男女別にHeckmanモデルを用いて分析し、女性は教育によってDecent Workへのアクセスが改善される傾向があるが、その恩恵は男性よりも限定的であることが示された。これに対し、Heckmanモデルの操作変数の妥当性、労働者のみに分析対象を限定していることにより教育が雇用機会そのものに与える影響を見落としている点、また教育のリターンにおける男女差についての統計的検定の必要性などといった計量経済学的なコメントが寄せられた。加えて、論文中では“Men often have better access to formal sectors or jobs that offer decent work outcomes …. As a result, education for males may be more effectively translated into these outcomes”と論じられているが、、実際のデータ(労働者に限定したサンプル)では、女性の方がDecent Workに就いている割合が高く、この記述と整合しない点も指摘された。これらのコメントを踏まえ、今後は指摘に対応した修正を加えていく方針であるとの応答があった。
【第四発表】Buy One Give One®モデルを用いた循環型支援の広がりに関する考察 ー購買者を対象とした聞き取り調査結果から
発表者
- 島村雅彦 (東洋大学国際共生社会研究センター)
- 松丸亮 (東洋大学国際学部、東洋大学国際共生社会研究センター)
コメント・応答
本報告は、カンボジアとパキスタンという中国の一帯一路政策の影響を強く受けている国の農業:特に米の生産や中国との輸出入の動向などについてろんじたもの。討論者の小林会員からは、全体として分析がマクロな経済データに依存しており、よいミクロな具体的エビデンスに欠けるのではないか、分析枠組みとして世界システム論を持ち出しているが、それをもってくる論理がよくわからない、等のコメントがあった。
総括
本セッション「労働と経営:経済的制約下の対応と創造」では、ガーナ、マダガスカル、ベトナム、日本を対象とした多様な文脈における労働や経済的選択に関する4本の報告が行われ、制度的・社会的制約の下での人々の行動や政策的含意について活発な議論が交わされた。
第一報告では、ガーナのカカオ農家を対象に、信用アクセスが児童労働に与える影響を家計金融日誌データを用いて実証的に分析した。信用によって児童労働が減少する可能性が示唆されたが、地域固定効果を加えるとその効果が統計的に有意でなくなる点について、解釈の妥当性やモデル仕様に関する重要な議論がなされた。
第二報告は、マダガスカル中部農村部の若者5名へのインタビューを通じて、「Decent Work」に至るまでの進路形成の過程を描き出した質的研究であった。家庭背景やジェンダー、教育機会など複合的要因に着目した意義は大きい一方、サンプル数の少なさや理論的枠組みの不在といった学術的貢献の明確化に向けた課題が指摘された。
第三報告では、ベトナムの労働市場において教育が賃金および非賃金的なDecent Workに及ぼす影響を男女別にHeckmanモデルで分析した。女性の教育の効果が限定的であるとする結論に対しては、モデルの識別や統計的検定の妥当性に加え、記述とデータとの整合性に関する批判的なコメントが寄せられた。
第四報告では、BOGO(Buy One Give One)モデルを採用する企業の支援活動が、消費者の社会的意識や行動にどのように影響を与えているかを購買者インタビューを通じて考察した。今後の展望として、仮説ベースの販売戦略に基づくRCTの実施といった発展的提案もなされた。
全体を通じて、質的・量的手法の双方から、労働や消費、支援行動における経済的・社会的制約とその乗り越え方に光を当てる報告が揃い、それぞれの方法論的課題や政策的含意について有益な議論が行われた。今後のさらなる理論的発展や実証精度の向上が期待される。
報告者(所属):高野久紀(京都大学経済学研究科)