第25回春季大会報告:ブックトーク
A1・ブックトーク
- 開催日時:6月15日 9:30 - 11:30
- 聴講人数:約15名
- 座長・企画責任者:学会誌編集委員会ブックトーク担当(佐藤寛(開発社会学舎)、島田剛(明治大学)、汪牧耘(東京大学)、道中真紀(日本評論社))
- コメンテーター・討論者 報告者(著者):小松太郎(上智大学)、加藤(山内)珠比(京都大学)、汪牧耘(東京大学)、佐藤寛(開発社会学舎)
- 報告者(編集):Alice Xie(Springer)、河上自由乃(Springer)、髙橋浩貴(法政大学出版局)、小林祐太(ワン・パブリッシング)、
- 討論者:黒田一雄(早稲田大学)、伊藤紀子(拓殖大学)、近江加奈子(国際基督教大学)、大橋正明(聖心女子大学)
【第一発表:書籍】Taro Komatsu (2024) Education and Social Cohesion in a Post-conflict and Divided Nation: The Case of Bosnia and Herzegovina , Springer
発表者 報告者(著者)
小松太郎、Alice Xie、
討論者
黒田一雄
コメント・応答
本書は、90年代に凄惨な民族間紛争を経験した旧ユーゴスラビアのボスニア・ヘルツェゴビナを事例に、筆者の20年以上の研究成果を基に、教育が社会的結束の促進にいかに寄与しうるかを論じるものである。
発表者は、コロナ禍を含む2021年から2022年にかけて執筆し、新たなデータや考察を加えて本書を構成したという。具体的には、研究協力者や関係者の発言、ボスニア上級代表へのインタビュー、オンライン協働学習(COIL)の実践報告、批判的思考に関する考察、ノンフォーマル教員研修の研究成果などが新たに盛り込まれた。
本書の学術的貢献として、紛争が多発する現代世界における教育の役割、国際社会の関与の在り方、そして多文化社会における教育の意義が挙げられた。編者からは、出版社の事業展開を中心に紹介を行い、本書とこれまでの取り組みとの関連を紹介した。
討論者は、これらの知見を、日本の将来的な多文化共生にも示唆を与えうるものとして、本書を高く評価し、「人権・公正のための教育」「開発のための教育」「平和のための教育」を架橋する本書の役割を強調した。特に注目すべき点として、極端な多文化教育は共存に悪影響を及ぼす可能性があるという著者の指摘や、多視点アプローチに基づく歴史教育のプロジェクトの必要性に言及した点が挙げられた。
【第二発表:書籍】Kumiko Sakamoto, Lilian Daniel Kaal, Reiko Ohmori, Tamahi Kato (Yamauchi) eds. (2023) Changing Dietary Patterns, Indigenous Foods, And Wild Foods: In Relation to Wealth, Mutual Relations, and Health in Tanzania , Springer
発表者 報告者
加藤(山内)珠比・阪本公美子・大森玲子、河上自由乃(Springer)
討論者
伊藤紀子
コメント・応答
本書は、サハラ以南アフリカにおける食パターンの多様性と変容、および健康との関連性を包括的に分析した研究成果である。著者らは、タンザニアの4つの特徴的な地域を事例として、その実態を詳細に調査している。
特に注目すべき点は、経済成長に伴う格差拡大や食の近代化が進む中で、栄養不足と過剰栄養の二重負荷という世界的な問題に対して、野生食物や在来食の健康への寄与を明らかにしたことである。本書の出版過程について、著者らは科研費研究の集大成として企画を立案し、Springerの査読を経て出版に至った経緯を説明した。
編集上の工夫として、多数の共著者を擁しながらも一冊の書籍としての一体感を保つため、全章に共通の著者を配置したことが挙げられた。
Springerの編者からは、電子出版によるアクセス情報の詳細な把握が経営戦略に寄与していること、多様な販売ルートを通じて幅広い読者層へのアプローチが可能になったことが報告された。
討論者は本書の学術的意義として、アフリカにおける喫緊の課題である栄養不足人口の増加に対する最新のデータに基づく分析、国際的な成果還元の実現、エビデンスに基づく効果的な栄養改善・国際協力実践への示唆、そして査読付き学術論文を含む高品質な研究成果の読みやすい英語での発信を評価した。
【第三発表:書籍】汪牧耘(2024)『中国開発学序説: 非欧米社会における学知の形成と展開』法政大学出版局
発表者 報告者
汪牧耘、髙橋浩貴
討論者
近江加奈子
コメント・応答
著者は、博士論文をもとに改定された本書が、既存の開発学における欧米中心主義的傾向に対する批判的考察を提示し、非欧米社会の知的営為の一例として中国の開発学の意義を解明する試みであると説明した。
著者は執筆過程における課題として、用語定義の困難さ、研究者としての視点の変化と書籍構成の整合性、そして中国人研究者として日本における中国研究の発信方法に関する葛藤を挙げた。
編者からは、本書の出版経緯や編集過程における工夫が紹介された。特筆すべき点として、財団からの助成獲得が出版決定の重要な要因となったこと、構成の変更や日本語表現の調整、著者によるイラストの効果的な活用などが挙げられた。
また、本書がアジア研究・近現代史研究の新たな領域を開拓する可能性が示唆された。討論者は、本書の新規性と学術的意義を高く評価した。特に、中国の開発実践ではなく開発「学」を研究対象とした点、開発学という分野の脱植民地化を問う試みの重要性が強調された。
さらに、「開発経験の伝達可能性」に関する普遍的価値の探求、西洋の「理念先行型」と中国の「現場順応型」という二項対立的言説の再考、そしてこれらの議論が日本の文脈にも適用可能であることが指摘された。
【第四発表:書籍】奈良裕己/まんが、佐藤寛/監修(2023)『まんがとクイズでよくわかる! なるほど 「SDGs」 』ワン・パブリッシング
発表者 報告者
佐藤寛、小林祐太
討論者
大橋正明
コメント・応答
など 発表者は監修者として、編集者、漫画家との協働を通じて17のゴールそれぞれについて、プロット作成から最終的な作画に至るまでの詳細なプロセスを紹介した。
この過程で、小学生向けのメッセージの在り方、データの収集力、各関係者の専門性、そして「わかりやすさ」と「本質的な問題」のバランスの取り方など、多くの学びがあったことが強調された。
編集者は、本書誕生の背景として、小中学生向け教育ポータルサイトでのSDGs関連コンテンツの需要の高さが指摘した。また、難解なテーマを子どもたちが自分事として捉えられるような工夫や、想定読者とその保護者へのアンケート実施など、読者層を意識した取り組みが紹介した。
討論者は本書の特色を評価しつつ、より広い文脈でSDGsの実践と理念について問いを投げかけた。特に、日本におけるSDGsの広範な認知と実践が、Agenda 2030が目指”Transforming our world”との関係が問われた。個々の取り組みが単発的なものにとどまらず、政治経済システム全体の変容につながる可能性や、持続不可能性の構造的原因の直視と共有の重要性が強調された。
総括
セッションの総括 本ラウンドテーブルは、個人研究の成果、編著書の制作過程、博士論文の出版、さらには若年層向けの学術的内容の発信など、幅広いトピックが取り上げられ、学術研究の発信を多様な側面から議論された。
討論者による対象文献への言及は、概して肯定的な姿勢が顕著であり、議論も活発であった。一方、聴衆との相互作用は限定的であり、議論が内側に閉じている側面が観察された。
今後の課題として、批判的視座の導入とそれに基づく議論の深化が提案できる。開催の時間帯や会場の配置などの物理的要因が、参加者の動員に負の影響を与えた可能性が考えられるが、企画の申請段階からより詳細な情報提供も必要であろう。
具体的には、各書籍の概要や、想定される参加者にとっての有用性を明確に文章化し、事前に潜在的な聴衆に明示することが提案したい。これらの知見は、学術研究の成果発信と学会運営の両面において、より効果的なコミュニケーション戦略の構築に寄与するものと考えられる。
報告者(所属): 汪牧耘(東京大学)