第27回春季大会報告:企画セッション
B3:持続可能な開発のための鉱山開発を起因とした環境汚染と健康被害への取組み〜足尾銅山鉱毒事件の現代的・国際的意義
- 開催日時 6月27日 14:15 - 16:15
- 聴講人数:約20名
- 座長・企画責任者: 重田 康博(宇都宮大学)、勝間 靖(早稲田大学/国際連合大学)
- コメンテーター・討論者:宮田 春夫([前]新潟大学)、重田 康博(宇都宮大学)
【第一発表】鉱山開発に伴う終焉なき鉱害〜足尾銅山とチリの鉱山から
発表者
- 匂坂 宏枝(宇都宮大学)
コメント・応答など
足尾銅山鉱毒問題について、歴史的な経緯を踏まえながら、現代的意義について論じた。明治期より足尾銅山では、甚大な環境問題や健康被害を発生させてきた。内部(肺疾患)、局地(製錬所からの亜硫酸ガス)、広域(鉱毒水が河川を汚染、健康被害と農作物被害)という複合的な視点から多重被害を捉えられる。また、チリの事例を見ても、海外の鉱山においても同様の多重被害が発生し続けている。チリでは、カナダの鉱物資源開発会社に対して訴訟を起こしていることが注目される。いまだ終りの見えない環境問題に対し、足尾銅山問題に関わる資料と研究の蓄積をいかに活かせるのか、その問題点と方途を指摘した。
コメンテーターとの討論のなかで、ジェンダーの視点からの検討の重要性が指摘された。「語り継ぐ足尾〜足尾を伝えるひと」が刊行されており、重要な参考資料となる。他方、高齢化が進んでおり、今後は、足尾で女性から聞き取りを実施するのは難しいであろう。
【第二発表】 劣位の資源ガバナンスはいかに補完されるか〜足尾銅山、ナイジェリア、ペルーの比較研究
発表者
- 近藤 久洋(埼玉大学)
コメント・応答など
「資源ガバナンスの形成・運用が劣位に置かれる状況において、被害住民の要求はいかにして政治的決定へ到達しうるのか」という問いを設定した。そして、足尾銅山、ナイジェリアのニジェール・デルタ油田、ペルーのコンガ金鉱山を比較した。劣位の資源ガバナンスについて、透明性、説明責任、住民参加、環境影響管理、利益配分の視点から比較した。さらに、媒介者として、田中正造、ケン・サロ=ウィワ率いるMOSOP、カトリック教会の司教団に注目した。
問いへの回答としては、劣位の資源ガバナンスについて、国家は仲裁者ではなく当事者・受益者であり、制度の優先順位を決定していた。媒介者については、制度が機能しないときに、被害経験を翻訳し、国家権力や国際規範へ接続していた。資源問題の核心は、「資源」そのものではなく、それをめぐる制度と権力配置であると論じた。
【第三発表】資源開発と公正な移行〜北スウェーデンのグリーントランジションを足尾銅山の経験から照射する
発表者
- 高橋 若菜
コメント・応答など
スウェーデン政府や国営企業LKAB は、キルナ地域の鉱物資源を欧州のグリーン産業転換に不可欠な資源として位置づけ、「欧州の持続可能な未来」や「戦略的自律」を支えるものとして正当化している。つまり、EU によるグリーントランジションおよび資源安全保障の論理が重要な役割を果たしている。鉄鉱石やレアアース、グラファイト等を「戦略的資源」と位置づけ、Critical Raw Materials Actを通じて域内資源開発を推進している。他方、負担は地域社会、とりわけサーミ共同体や都市移転対象住民に集中している。サーミ側からは、トナカイ放牧地の喪失や移動ルートの分断、粉塵による地衣類への影響、さらには文化的継承基盤の侵食が指摘されている。また、都市移転の対象となった住民からも、住宅価格上昇や家賃負担(の増加)、コミュニティの解体、不透明な情報提供への不満が語られた。
資源開発が時代ごとに異なる「公益」の名のもとで正当化されながらも、その利益と負担が非対称的に配分される構造が、歴史を超えて繰り返されている。足尾においては「殖産興業」「富国強兵」が、現代のキルナでは「脱炭素化」「資源安全保障」「戦略的自律」が資源開発を支える理念として機能している。しかし、その過程では、地域社会や先住民族が負担を集中して引き受ける構図が生じている。
【第四発表】持続可能な鉱業へ向けた国際的な動向〜国連環境計画(UNEP)と責任ある鉱業保証のためのイニシアティブ(IRMA)を中心として
発表者
- 勝間 靖(早稲田大学/国際連合大学)
コメント・応答など
鉱物資源をめぐる論点について、産業のための鉱物資源の安定供給、脱炭素化のための「移行鉱物」、鉱物資源開発における人権への配慮、鉱物資源開発における環境への配慮の視点から整理した。次に、足尾銅山鉱毒事件という教訓があるにも関わらず、近年、ザンビアにおける銅鉱山からの鉱毒事件が報告されており、同じような問題が繰り返されていることが指摘された。産業のため、そして脱炭素化またはカーボン・ニュートラルのため、「移行鉱物」を含めた鉱物資源への安定的なアクセスは重要だとされる。他方、そのための鉱物資源開発がとくに開発途上国で進められると、人権侵害や環境破壊が引き起こされる。
そうしたなか、持続可能な鉱業へ向けた国際的な動向として、以下が紹介された。国連環境計画(UNEP)と責任ある鉱業保証のためのイニシアティブ(IRMA)による協働、経済協力開発機構(OECD)ガイダンス、日本の電子情報技術産業協会(JEITA)による責任ある鉱物調達を進めるための活動、NGOである「ビジネスと人権センター」の「移行鉱物トラッカー(Transition Minerals Tracker)」などである。政府による多国間協力は重要であるが、企業やNGOとの連携も重要であることから、マルチステークホルダーによるグローバル・ガバナンスの模索が重要だと論じた。
総括
19世紀末から発生した足尾銅山鉱毒問題は、歴史的によく認知された問題であり、問題の渦中で奔走した田中正造の思想・活動の先進性・普遍性は現代でも指摘されている。国際開発学会においても、2024年の春季大会で足尾を現地調査したのち、2025年度に「グローバル化の中の足尾銅山開発の『光と影』」研究部会を設置したうえで、足尾銅山鉱毒問題と国際開発との関連性について模索してきた。2025年には、5月10日に渡良瀬川鉱毒根絶活動に関する勉強会(熊本小松裕教授の田中正造関連文献読書会)を宇都宮大学で開催したほか、5月11日に田中正造関連施設や渡良瀬遊水池、谷中村合同慰霊碑などを訪問し、渡良瀬川下流域の鉱毒問題の住民団体に聞き取り調査を行った。本セッションは研究部会での活動成果の一つとして企画されるものである。
足尾銅山鉱毒問題と田中正造の思想・活動は、歴史研究のみにとどまるものではなく、現代的・国際的意義をもつことが強調される。持続可能な開発を模索する国々において、環境・健康に関する規範・制度形成が試行錯誤されるなか、足尾銅山鉱毒問題は一つの重要な原型としてその現代的・国際的意義が示唆される。
報告者(所属):勝間 靖(早稲田大学/国際連合大学)
F3:移住と開発を架橋する還流人材研究 -越境労働市場と人間の安全保障からのアプローチ
- 開催日時:6月27日 14:15 - 16:15
- 聴講人数:25名
- 座長・企画責任者:石丸 大輝(早稲田大学、独立行政法人国際協力機構)
- コメンテーター・討論者 :上野 貴彦(都留文科大学)、田中 雅子(上智大学)
【第一発表】帰国人材の再統合(Reintegration):直面する課題と政策動向、そして研究課題
発表者
- 渡邊 倫(東京大学、独立行政法人国際協力機構)
コメント・応答など
- 上野先生:再統合を考える際に、その人たちの選択肢がどのように広がったか、ケイパビリティの観点が重要。また、帰国後の再統合を考えるにあたっては、海外就労先(帰国前)の社会統合も重要。
→海外就労先で社会統合が進んでいる場合、帰国前の準備度も高まり帰国後の再統合にもつながる点は指摘の通り。 - 田中先生:外国「人材」と定義するよりも「人間」としてみるという観点は重要。また、個人の再統合(個人的キャリアの成功)だけではなく、コミュニティとしての再統合という観点も重要。
【第二発表】国際協力は還流人材を支えることができるのか ―日本からベトナムへの帰国人材の場合
発表者
- 石丸 大輝(早稲田大学、独立行政法人国際協力機構)
コメント・応答など
- 上野先生:移動できない・しない人や、単回的でなく複数の足場を踏まえた支援はどうすべきか。
→ベトナムでも、日本への移住労働者を支援する以前に、現地産業人材の育成を目的に据えるようにしてきたが、現地・海外トラック双方での能力強化を図るドイツ「トリプルウィン」施策が参考になる。またODAが国際的に衰退する中、ディアスポラからの資金動員は再評価されており、IOMによるメキシコでの「3X1」施策は、還流人材を越えた施策の在り方として参考になる(各施策の詳細は割愛)。 - 田中先生:ベトナムでは、ネパールにみられる母国からの「脱出」という考えは強く見られないのか。
→サンプルが少ない中での直感だが、「脱出」よりも、自国が急速に経済発展してきたことへの自信と将来への「希望」に満ち溢れており、開発協力における日本との権力関係にも逆転現象が一部見られつつある。 - 二階堂先生:還流促進には受入企業に送出国側のニーズを教える役割が重要。JICAに期待する。
- 岩永会員(お茶の水女子大学):還流「人材」の定義とは。中国でいう農民工も含まれるべきか。
→今回の定義は国際移民を念頭に置いている。「人材」ではなく「人間」を見るべきという示唆には同意。
【第三発表】なぜ国外永住でなく循環型季節労働を選ぶのか ―トンガ王国エウア島の場合 ―
発表者
- 伊藤 有未(お茶の水女子大学)
コメント・応答など
- 上野先生:環流以前の支援、移動できない人への支援はどうするのか。環流しない人への支援はどのようにしていくか。
→まず「移動できない人」をどういったメジャーでみていくのか、その尺度を見つけていくところからではないか。(移動というより)移住に踏み込めない人は、経済的と社会制度的な2つのパターンに分けられるのではないか。但し、前者は発表内にも含めたとおり、トランスナショナルなネットワークである程度カバーされているという感覚である。後者はトンガの土地制度にも間接的に関係しているのではないか。また、支援のバランスも重要で、そもそも支援を必要としているのかといった点から今後の調査を進めていきたい。 - 田中先生:取り残された人たち(left-behind)はトンガにはいないのか。
→存在する。男性が季節労働に行き、渡航先で新たな関係性をもち、徐々にトンガへ残る家族への送金が減っていったなど。しかし、こうした家族離散も聞かれるなか、トンガの人たちがこうした実態を認識したうえで季節労働に出向いているということは、やはり現状それ以上に季節労働の必要性があるからといえる。 - 佐藤先生(都留文科大学):男らしさの規範、環流してきて一旗揚げるといった状況か。季節労働に参加した成功者は分かるが、「失敗者」というのも存在するのか。
→必ずしも渡航している人が男性とは限らず、女性も季節労働に参加している。「失敗した」といった事例をあまり意識していなかったので、今夏の調査ではその点も意識していきたい。
総括
画期的なテーマだったが、それに沿った発表・講評・質疑が展開され、濃厚な2時間となった。セッションの最後には、「アジアにおける環流人材の開発効果」分会(「移住と開発」研究分会の後継として、開発学と移民学を架橋するコミュニティ)の告知が二階堂教授からあり、当学会の最新潮流にも即した企画といえ、それを若手会員らで後押しできた点も、当学会全体にとって有意義な刺激になったと思われる。
報告者(所属):石丸 大輝(早稲田大学、独立行政法人国際協力機構)
伊藤 有未(お茶の水女子大学)
渡邊 倫(東京大学、独立行政法人国際協力機構)
