第27回春季大会報告:ラウンドテーブル–I
I2:構造・現場・連帯 ——大学の内外から開発協力の〈授業〉を問い直す
- 開催日時:6月27日 11:15 - 13:15
- 聴講人数:約35名(+オンライン 13名)
- 座長・企画責任者:汪牧耘(東京大学)
- コメンテーター・討論者:伊東 早苗(名古屋大学)、梅宮 直樹(上智大学)、徳永 達己(拓殖大学)、原 貫太、近藤 牧子(開発教育協会)、栗本 知子(アジア太平洋資料センター)
【第一発表】日本の大学で開発協力を学ぶ:教育現場のつくられ方に着目して(企画趣旨)
発表者
- 汪牧耘(東京大学)
コメント・応答など
「開発学を学ぶならなぜ日本なのか」という問いを出発点に、日本の開発学の「無体系」がどう作られてきたかを問う。2026年1月の学会アンケートでは、回答者の所属が全国に薄く分布し、専攻名称(国際開発・国際協力・共生・持続社会など)も学問的入り口も多様で、共通の学問的な軸の不在と、その裏返しとしての「体系化」への希求が浮かんだ。ただし多様化自体が「権威ある体系」への抵抗から生まれた面もある。その系譜は拓殖系・政策系・宗教系に大別できるが、1990年代は、それぞれの系譜に散在していた人材・教育資源を「国際開発」「国際協力」の語で吸い上げた時代であった。今日、18歳人口減と教員の多忙のなか、大学の内と外が資源の奪い合うのではなく、共に変化を起こす場にしたい。
【第二発表】ODA大国化以降の時代に設立された国際開発系大学院の変遷:名古屋大学大学院国際開発研究科の場合
発表者
- 伊東 早苗(名古屋大学)
コメント・応答など
名古屋大学大学院国際開発研究科は、日本がODA拠出額世界1位となるなかでの援助人材不足を背景に、日本初の国際開発系大学院として1991年に発足した。文系の複数部局がポストを出し合って設置され、当初は実務で活躍する高度専門職人材と、国費留学生を通じた途上国の国家開発人材の育成を目指した。その後、新興国台頭、「開発援助から開発協力へ」の変化、援助業界への逆風、国内少子化、留学生の雇用機会拡大、データサイエンス需要やAI利用の拡大といった外的変化が重なった。学内では日本人学生が減少し、「研究大学」化に伴う人事評価の論文重視で、学際的に全体像を見渡せる教員や長期フィールド経験を持つ教員の採用が滞りがちである。伊東は、日本の開発経験や現場を知る実践的手法の重要性と、体系的に教える体制の弱さ・学生関心の計量経済学への偏りを課題として挙げた。あわせて、Briggs & Sumner (2026)の分析を紹介し、日本の開発学とイギリスの異同や温度差について問題提起した。
【第三発表】大学によるアウトリーチ・キャリア支援活動:上智大学国際協力人材育成センターの歴史と現在
発表者
- 梅宮 直樹(上智大学)
コメント・応答など
「宗教が日本の開発協力人材育成において果たしてきた役割」を、キリスト教(カトリック・イエズス会)を背景とする上智大学を例に検討した。上智大学は戦後、学制改革と民主化のなかで多くの外国人教員を擁し、学校と宗教を区別する方針のもと、徹底した外国語教育と国際性重視の教育を展開。1957年の女子受け入れなどを経て学生数が大きく伸びた。「キリスト教人間学」やサービスラーニング、国際関係研究所、ベトナム難民支援、社会正義研究所(1981年、のちグローバル・コンサーン研究所)などの研究・社会貢献活動が、外国語教育・国際性・キリスト教精神と掛け合わさり、国際協力分野への人材輩出につながってきた。1990年代以降は国際貢献・連携を強化し、現場で学ぶプログラムを拡充。2015年設立の国際協力人材育成センターは、正規課程ではなく公開講座・シンポジウム・キャリア支援などのアウトリーチを担い、実務者・研究者・学生・高校生をつなぐプラットフォームとして機能している。「宗教系大学がこの役割を果たした」と断定はできないが、こうした組み合わせの実態のなかで人材が輩出されてきたといえよう。
【第四発表】復興アジアから国際開発へ:再定義と継承:拓殖大学国際人材育成の軌跡
発表者
- 徳永 達己(拓殖大学)
コメント・応答など
大日本帝国期からの系譜を引く拓殖大学を事例に、「復興アジア」から「国際開発」への再定義に至る軌跡を追った。拓殖大学は1900年、台湾協会学校として設立され、桂太郎・後藤新平・新渡戸稲造ら海外経験を持つ人物が校長職を務めた。NGO的な有志による設立、卒業生の海外勤務の義務づけ、台湾総督府の認可、全寮制、語学中心の教育などを特徴とし、現地の人々と近い立場で働く「土着的」な人材を育てた。1919年制定の校歌は「海外雄飛」の志を歌い、100年間一字句も変わっていない。終戦後は校名を紅陵大学と改称したが、1953年に「拓殖大学」へ復元。矢部貞治総長は「アジア諸国の開発の『地の塩』となれ」と伝統回帰を説いた。海外事情研究所、中南米移住、武道の海外普及、インドネシア戦後賠償事業への協力などを経て、2000年に国際開発学部、2004年に大学院国際協力学研究科を設置。現在は内なる国際化・地方創生や留学生教育に取り組む。2011年策定の建学の理念は戦前の精神の言い換えであり本質は変わっていないと指摘し、デジタル化・グローバル化のなかで「国際開発学」がいかに時代と価値観の多様性に対応するかが今後の課題だ。
総括
コメンテーターの原貫太は、「大学が人材を増やしても、それを受け止める場そのものがない」と指摘する。学生の多くは就職期に離れ、JICAの採用枠は狭く、実務経験や修士号という壁も高い。だからこそ、既存の枠に乗ろうとするのではなく、起業やメディア発信も含めて新しい受け皿を自ら切り拓く発想が要る——「何かをしたいのに選択肢がない」という層にこそ、むしろ希望があるとした。近藤牧子は、開発教育を社会変革的かつ構成主義的な営みととらえ、人々が参加し、みずから意思決定していく学習の過程にこそ開発が宿ると位置づける。大学で「開発学」を教えられる場はごく限られ、その実践は「教養」に近いとも言われる。近藤はその見方に一定の理解を示しつつ、排外主義やバックラッシュが進むいまだからこそ、「誰の立場から社会を見るのか」を養う教育の必要性はむしろ切実になっている、と語った。栗本知子は、村井吉敬が投げかけた、何のための援助か、誰のための援助かということを常に問いたい。現地に人がいるのに、なぜ日本から人を送るのか。学ぶ者自身が自らの立ち位置と歴史、そして現場を問い、「どんな社会を望むのか」という土台を築いて初めて、能動的に動く市民が育つ。それは「教養」という言葉にはおさまりきらないと強調した。
本RTを通して浮かび上がったのは、次の三つの論点である。①人材の受け皿がどう作られるかが、人の流れそのものを方向づけているということ。② 「グローバルスタンダード」が変化し解体するなかで、「構造的な問題」やそれに向き合う主体も変化ないし解体されること。③ 担い手どうしの関係が可視化されてこなかったために、豊かに散在する教育的な資源が「足りない」と錯覚されてきたということ。フロアからは「開発学の射程」への問いや、「大学が市民運動の領域を侵食し、かえって教養や社会変革の力を削いでいる」という論点も投げかけられた。本来は行動や運動へとつなぐはずの人材育成が「教養」へと変質していく——その流れにおける大学の功罪と、新しい関係の結び方を共に考える意義が、あらためて確認されている。
報告者(所属):汪牧耘(東京大学)
I3:キャリア形成における出版の位置付け(ブックトーク・スピンオフ企画)
- 開催日時:6月27日 14:15 - 16:15
- 聴講人数:約60名
- 座長・企画責任者:島田剛(明治大学)、道中真紀(日本評論社)、佐藤寛(開発社会学舎)、汪牧耘(東京大学)
- コメンテーター・討論者:山田肖子(京都大学)〔総評〕、佐藤寛(開発社会学舎)〔総合討論モデレーター〕
【第一発表】山田肖子/編著『Mitigating “Skills Gaps”: Realist-Constructivism Analysis of Work Competencies in the Global South』(Springer Nature、2026年5月刊、オープンアクセス)
発表者
- 山田肖子(京都大学)〔著者〕、河上自由乃(Springer)〔編集者〕
コメント・応答など
山田肖子/編著『Mitigating “Skills Gaps”: Realist-Constructivism Analysis of Work Competencies in the Global South』、Springer Nature、2026 年 5 月刊行(オンライン版2026 年 3 月)、241 頁、Open Access。
ブックトークでアピールしたポイント:本書は、報告者チームが 2010 年代半ばから行ってきた研究の集大成として刊行したものである。義務教育もそこそこに労働市場に出ていく若者がいまだに大多数を占める途上国において、学校の生徒に対して行う学力テストや学歴だけでは人の能力を本当に把握したことにはならない。その問題意識を常に抱きながら、働く人々の能力を可視化し、それをただ測るだけでなく、学習理論や認識論への理論的な提言につなげたい、という願いで本書を作成した。実証研究が先行し、理論提起にまでなかなか至らない時期が長かったが、本書を構想し、執筆する過程を経て、学術的な論点が研ぎ澄まされていった。本書のテーマは、グローバル・サウスで関心の高い政策課題でもあり、政策形成者にも手に取ってもらえるよう、オープンアクセスにした。担当編集者の方には、原稿の提出も遅れ気味ななか、報告者の所属大学および出版社内での調整など、大変きめ細かくご支援いただいた。
【第二発表】武藤亜子著『人道的対応とは何か シリア紛争の教訓』(法律文化社、2026年2月刊)
発表者
- 武藤亜子(JICA/立教大学)〔著者〕、八木達也(法律文化社)〔編集者〕
コメント・応答など
武藤亜子著『人道的対応とは何か シリア紛争の教訓』、法律文化社、2026 年 2 月刊行、A5
判、242 頁、5,500 円。
本書の出発点は、武力紛争中に提供される支援の実情や様態については、未だ十分に解明されていないという問題意識に基づく博士論文である。開発協力に長年従事してきた著者の問題関心が背景にある。書籍化に際しては、人道主義および人道的対応の実践における主権への配慮という、博士論文の概念・分析枠組みを基本的に踏襲した。紛争当事者のいずれの立場にも立たず、異なる勢力が支配する地域ごとに人道的対応の実践の状況や課題を描くという立ち位置も継承している。加えて、可能な限り最新の状況分析を行うため、博士論文では扱わなかった、2016 年以降の紛争の推移および人道的対応を第 5 章として加筆した。これにより、長期化・複雑化したシリア紛争のほとんどの時期における人道的対応を検証することができた。最大の苦労は文字数の削減であり、200 頁を超える博士論文を第 5 章の加筆を行いつつ大幅に削減するという作業となった。
【第三発表】富樫マハバット著『評価から問い直す国際開発援助―独立後のキルギス共和国に対する国際援助の成果と課題』(晃洋書房、2026年3月刊)
発表者
- 富樫マハバット(同志社大学)〔著者〕、丸井清泰(晃洋書房)〔編集者〕
コメント・応答など
富樫マハバット著『評価から問い直す国際開発援助:独立後のキルギス共和国に対する国際
援助の成果と課題』、晃洋書房、2026 年 3 月刊行、A5 判、346 頁、7,700 円。
本書は、政策評価で著名な山谷清志教授の指導の下でまとめられた博士論文を基に、より発展させたものである。著者の母国であるキルギスを対象に、当事者の視点と外からの客観的な視点で対象を相対化し、複眼的に分析を試みている。本書で取り上げている「タザ・スウ(きれいな水)」プロジェクトの事例は、近年注目されている地域資源の管理・処分権能に大きな貢献を果たすものであり、「水」を通して当事者の暮らしの視点の重要性を再認識させてくれる。同時に、政策評価の在り方を、開発援助の事例としてドナー国、被援助国政府、当該住民の 3 者からの分析枠組みを提示しており、研究者のみならず、政策実務者やコンサルタントにも新たなフレームワークを提供している。
【第四発表】本間まり子著『迫る危機、選択する力―バングラデシュのマイクロファイナンス事業を通じた女性のエンパワメント再考』(春風社、2026年3月刊)
発表者
- 本間まり子(早稲田大学)〔著者〕、永瀬千尋(春風社)〔編集者〕
コメント・応答など
本間まり子著『迫る危機、選択する力――バングラデシュのマイクロファイナンス事業を通じた女性のエンパワメント再考』、春風社、2026 年 3 月 5 日刊行、385 頁、4,950 円。
本書の前半は博士論文をベースに、後半はコロナ禍後に実施した調査の結果に基づく投稿論文の内容をベースとしている。同じ調査対象への事例分析を通じた研究であるが、2 つの異なるタイミングで執筆したものであるため、用語の整合性を保つことが必要であった。また、非常に多くの事例を対象にした研究であるが、すべて掲載することとしたため、執筆に苦労した。さらに、科研費を用いた出版だったため、年度内の刊行という時間との闘いにもなった。バングラデシュの女性たちの手刺繍の製品を使った表紙となったが、最初はイメージのずれもあった。苦労はあったものの、事例・表紙の装丁・写真などから、バングラデシュの女性たちの状況が身近に伝わる本になったのではないかと思う。
総括
本ラウンドテーブルは、ブックトークのスピンオフ企画として、書籍の内容紹介にとどまらず、企画段階から刊行後までの出版過程を著者と担当編集者の双方の視点から語っていただくセッションである。近刊4冊について、著者からは執筆過程における苦労や工夫、編集者とのフィードバックを経た構想の変化、学会および国際開発研究への貢献が、編集者からは企画のきっかけ、編集過程の工夫、博士論文(研究書)出版の一般的なフローや注意点、販売戦略などが報告された。
4報告の後、山田肖子会員による総評(5分)に続き、「キャリアのなかで本を出すことについて」をテーマに総合討論(25分、モデレーター:佐藤寛)を行った。
報告者(所属):島田剛(明治大学)
